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 ソフトウエアの機能をインターネット経由でサービスとして提供するASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)事業が軌道に乗り始めている。ユーザーからの値下げ要求に苦しむITサービス業界にとって、ASP事業は救世主になれそう。安定収入を得られる事業としても、脚光を集めるASP事業の実情を探ってみた。

 「ASPへの方向は間違っていない。ASPは時流に合っている」。こう語るのは、システム販売会社のニイウス コーの末貞郁夫会長だ。07年2月22日に開催した07年6月期中間決算説明会で、ハードやソフト販売を主体とするディーラービジネスからASPを核としたサービスビジネスへの転換を推し進める決意を改めて示したのだ。

 同社はこの3年間で200億円超を投じて、データセンターなどITインフラとASPのサービスメニューを整備してきた。地銀向け勘定系/情報系オンラインシステムや中小クレジット会社向けシステム、外為オンライン、個人ローンシステム、通販会社向けシステム、統合医療情報システムなど約20種類のアプリケーションを開発、自社データセンターからのサービス提供を順次、始めている。

 売上高約800億円のニイウス コーが方向転換を急ぐ背景には、ハードウエアやソフトウエアの価格下落が急速に進んでいることにある。ここに付加価値を求めていても業容拡大は困難だからだ。だが、そのサービスの立ち上げが大幅に遅れたことにより、同社のサービスビジネスの売り上げは当初見込みより約100億円も減りそう。さらに特別損失も加わり、07年6月期は最終損益が赤字に転落しなそうな状況にある。ASPの道は必ずしも平坦ではないが、末貞会長はそれでも冒頭のようにASP事業強化を宣言したのだ。

見直されるASP

 人月をベースにしたシステム構築に軸足を置くITサービス会社は品質や価格下落の問題解決の方法を模索している。そうした中で、ASPへの期待が高まっている。ASPサービスはこれまでも数多く登場してきたが、ネットワークの制限などもあって、ユーザー企業への普及に時間がかかっていた。従量課金なので、売り切りのビジネスに比べて資金回収が長期間にわたるなど、ITサービス会社に難しい運営を迫られる点もあった。だが、最近はブロードバンドやNGN(次世代ネットワーク)時代の到来に、「自前でシステムを持たない」というユーザー企業の環境変化が加わり、ASP事業は成長期に差し掛かっている。

 事実、日立ソフトウェアエンジニアリングや新日鉄ソリューションズなど多くのITサービス会社がサービス事業に関心を示しているし、CRMソフトのASPで成功を収めている米セールスフォース・ドットコムとの協業に活路を求めるITサービス会社も出てきている。

 ITサービス会社の中には、企業内ITシステムのアウトソーシングにWebサービスなどASPに必要な技術を活用し、ユーザー企業とその子会社を対象にした一種のASPサービスを提供している。アウトソーシングにASP技術は欠かせなくなってきたのだ。ここで先行しているのが野村総合研究所(NRI)だろう。同社の証券システムTHE STARはまさにASPで、NRIはASPとアウトソーシングで大きな収益を確保しているし、新しいサービスの拡充も進めている。

 システム販売会社の大塚商会もASPに本格的に乗り出している。通販システムの「たのめーる」を、企業の購買システム用に機能強化させてASPで提供しているのが「たのめーるプラス」である。間接財に加えて、その企業が必要とする直接財までカバーする仕組みで、06年12月末で243社の顧客獲得に成功。振込み代行サービスなどASPサービスメニューを拡充させており、毎月安定して収入が入るビジネスモデルを確立させつつある。

パッケージベンダーの方向転換

 システム構築・運用から収益を確保するITサービス会社より、ASP事業への転換を急いでいるのはパッケージベンダーだろう。パッケージベンダーの業界団体である社団法人コンピュータソフトウェア協会は07年4月にSaaS研究会をスタートさせた。SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)はASPが進化したもので、例えば1人当たり月額何千円という単純な料金体系ではなく、機能に応じて使った分だけを支払うことに加えて、複数のサービスを組み合わせたり、ユーザーが今、必要な機能だけを提供したりする、などの特徴がある。同研究会は「会員がSaaSに乗り遅れないようにする」(同協会の浅田隆治副会長)ため、SaaS事業の立ち上げに求められる技術や資金などの問題を検討する。

 特に販売経路の確保に苦労している中堅・中小パッケージベンダーにとって、ASPは新しい売り方として注目を集めている。大手ITベンダーや有力ITサービス会社が積極的に取り扱ってくれなければ、どうしても直販中心の事業展開をせざるを得なくなる。だが、それには営業パワーが必要になるし、顧客数の増大とともに保守作業に多くの時間をとられる。そうなれば、根幹のソフト開発力の低下になりかねない。

 この状況を打開するのにASPは適している。例えば、法改正などよる仕様変更はサーバーを集約したデータセンター側で行えば済むので、顧客1社1社ごとに改定バージョンをインストールするという煩わしい人手作業から開放される。顧客側も常に最新バージョンを使えるし、初期投資も抑えられるなどのメリットがある。

 福祉施設や医療向け業務パッケージソフトを手掛けているワイズマンもそうした1社。2005年8月から福祉関連パッケージをASPに移行させており、2010年3月までに既存パッケージのユーザー企業約4000件を含めてASPに切り替える予定だ。

事業拡大のチャンス

 ASPに期待するパッケージベンダーには、もう1つ理由がある。国内でパッケージベンダーが育っていないことだ。売上高100億円を超えているのはオービックビジネスコンサルタントなど数社にしかすぎない。1000億円企業はいまでに誕生していないし、10億円から30億円程度にとどまっているベンダーがほとんどである。大手ITベンダーが自社製品と少しでも競合する製品の扱いを避けていることにもある。ある業務パッケージベンダーの幹部は「必ず自社製品を提案してから、負けそうになると当社製品を提案する」と嘆く。

 そうなら、ASPを展開する有力なITサービス会社や他の中堅・中小パッケージベンダーと協業し、顧客を開拓する道を探すことが賢明な方法の1つなのかもしれない。大手パッケージベンダーがASPに消極的な点も、逆に中小パッケージベンダーにチャンスととらえることもできる。アプリケーション最大手の独SAP日本法人は06年4月にCRMソフトでASP参入を表明したものの、1年経過した今も実績はほとんどないという。

 一般論で言えば、既存のビジネスモデルで大きな収益を確保できているパッケージベンダーがビジネスモデルを思い切って切り替える理由は見当たらない。だからこそ、中小パッケージベンダーは初期投資の必要もなく機能の使った分だけを支払うASPの利便性を顧客に訴えることで、事業拡大につなげられる可能性がある。パッケージ化より、サービス化にビジネスの魅力を感じるパッケージベンダーも出てきたし、年率70%成長を遂げ、年商500億円超になった米セールスフォース・ドットコムもいい刺激になっている。

 その一例が、購買システムをはじめとするeマーケットプレイス向けASPの成功事例だろう。食品・食材のeマーケットプレイスをASPで提供するインフォマートは、順調に顧客を増やしている。外食産業向け受発注システムは既に1万超の顧客が利用し、06年1年間で2000億円以上、06年12月のみで300億円近い取引が行われたという。

 青果物流通システムをASPで提供するイーサポートリンクも業績を伸ばす。同社は青果物の受発注から入荷・出荷、入金・支払いなどの機能をASPで提供しており、バナナなどの輸入で知られているドールや住商フルーツなどが利用している。いわば青果物の流通市場に関係する生産者から小売りまでをサプライチェーンで結ぶ統合システムで、小規模の生産者、小売店などが手軽に使えるように従量課金にした。さらに、XML-EDI(拡張マークアップ言語による電子データ交換)による受発注システムの開発にも取り組んでいる。これを契機に、生鮮食品の国内市場(卸段階で約5兆円)におけるシステム活用による売買金額シェアを、今の5%から30%に引き上げるのが狙いだ。

ASPのインフラはNGNに

 ASP構築ミドルウエアを提供するきっとエイエスピー(東京都新宿区)の松田利夫社長は「NGNがASPのインフラになる」と見ている。ASPベンダーがNGNによる課金や決済などの仕組みを利用し、サービスを提供していくという形態だ。こうした見方をする業界関係者は少なくないが、問題はASPベンダーの技術力。パッケージソフトをASP化にするために、必要となる技術を駆使した仕組みを作り上げられるかだ。サーバーとのやり取りをスムーズにさせる技術などで、松田氏はユーザーの要求に応じて、事前に用意した機能をサービスとして配信するプロビジョニング技術やストリーミング技術などが欠かせないとする。

 ITサービス市場で既得権を持つ大手ITベンダーや大手ITサービス会社は従来方法を温存し、ASPなどITユーティリティコンピューティング環境への移行になかなか踏み切れていない。ある程度の利益を確保できているし、ITベンダーの交渉相手であるIT部門がASPを評価できないということもあるだろう。だが、その一方でASPを活用するユーザーは急増しており、既に1万近いユーザーを獲得したASPも出てきている。ASPはソフトのビジネスモデルを変えるとともに、ITサービス産業の構造転換を迫ることになるだろう。

 

*)本コラムは日経ソリューションビジネス07年3月30日号「ITトレンドレポート」に加筆・修正したものです。