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 前回前々回の2回にわたって,客先での具体的な説得的会話とその考え方を説明しました。やや荒っぽいところはあるでしょうが,説得的会話のポイントを駆け足で説明しました。重要なのは,場当たり的に会話するのではなく,まず目的を設定し,その上でこの目的を実現するための手段として会話をとらえることです。

 相手を説得したいならそのような会話,セールスしたいなら相手が欲しいと思うような会話,という具合に考えることがヒューマンマネジメントの第一歩になります。

 「そんなことはあたりまえ」と一笑に付す人も多いのですが,そういう人に限って会話下手な人が多いのも事実です。素直に「会話を考える」ことを愚直に行っていくと次第に会話能力は向上していくものです。私は,部下たち・・・岡田と坂本を見ながら,このことを強く実感しました。さて,振り返りはこの辺にして次の話に移ります。

どんな提案なら顧客は喜ぶのか

 客先の販社との打ち合わせの後,私は東氏との会話が気になっていました(「第16話 私は客先で相手の要求をどのように断っているのか(前編)」参照)。

 東氏は「現場が混乱しないように・・・」,「問題が起きないシステム導入がしたい・・・」,「使いやすく文句が出ないように・・・」という主旨の発言を繰り返しました。私が「大丈夫です」,「今の機能がシンプルでいいですよ」と言っても,非常に不安そうな表情をし,「今は決められない」と言いました。そのあと,会議は時間切れで終えてしまったので,すっきりしない終わり方です。

 このままの状態はよくありません。なぜなら,東氏の中で不安は解消していないからです。これを放置すると,東氏が自身の不安を解決するための諸策を逆提案してくる可能性が出てきます。これが低いボール(当方が簡単に実現できるもの)であればよいのですが,高めのボール(実現困難なもの)だと当方が苦しくなります。そこで,私は,東氏が自身の不安を解消する諸策を考え付く前に,我々がそれを考え,提案し続ける必要があると考えました。

 つまり,東氏に「自分で案を考える時間を与えない」ようにしたかったのです。相手の案には「高めのボール」が含まれる可能性がありますが,こちらから行う提案は「低めのボール」だけにしておけばよいからです。最終的には当方の案をベースに東氏に多少手直しをしてもらうレベルで終わらせたかったので,彼が興味をもち,喜んで受け入れるような提案を考える必要がありました。

芦屋:これから考える提案の主旨は今説明したとおり。東氏が喜ぶ情報を与えて,高いボールが飛んでこないようにしたい。では,どういう具合に進めていこうか話をしよう。岡田どう?

岡田:キーワードは,「現場混乱なし,現場不満なし・・・東氏への文句なし」というところでしょうか。それをどういう具合に提案に落とすかですけど・・・難しいですね。

芦屋:そうか。では,彼の立場で考えてみよう。相手の立場で考えるのがソルーション提案の基本だからな。僕はシステム調達の仕事が長いから,僕が思っている提案書の不満を言うので聞いてほしい。まず,思うのは「導入したときのオリジナルなメリットがよく見えない」点だな。

坂本:オリジナルなメリット?

芦屋:そう。たとえば,ITベンダーが製品提案やサービス提案をもってくる。でも,これを導入したときのオリジナルなメリットがよく見えない。セキュリティ関連製品,内部統制関連のサービス,ネットワーク関連機器,ASPサービス,パッケージソフトなど,抽象的なメリットは説明してくれるんだけど,当社で導入した場合の当社で発生する・・・もっと言えば,僕自身のメリットが分からないから興味がわかない。それでは,面倒な購入ステップに進む気にはなれないんだよ。

坂本:それはそうでしょうけど,商談の初期段階でそれは難しいでしょうよ。相手のこともよく分からないでしょうし・・・

芦屋:それはその通り。でも,それでは購入側は動かせない。それは,製品やサービスを導入する側の意思決定ステップを考えれば明らかだと思う。ケースバイケースなのだけど一般論として考えてほしい・・・通常,提案を受けて,購入しようと思うケースってどんなケース?・・・岡田どう?

岡田:そうですね。捜している条件にピッタリくる商品を提案されたとき・・・上司に「何か製品ないか探せ」って言われて探しているときとか。つまり,困っているときかな。困ってないときは提案受けても面倒と思っちゃいますよね。時間割くのも大変だし,レポート書かなくちゃいけない場合もあるし,よくない言い方ですけど,面倒ですよ。

芦屋:そう・・・面倒くさい。それが自然な考え方だよ。普段は面倒,でも困っているときは一生懸命製品やサービスを探す。会社や自分にとってのメリットが明白だからな・・・これがオリジナルなメリットということ。たとえば,何か会社の業務に問題があって,上司からの指示で「何かよい製品を探せ」となった場合は,自分のミッションになる。そして,問題が解決できる製品を見つけて導入して想定通りの成果がでればミッションは完達。このケースでの製品や製品を導入するという一連の行為は,会社のメリットに資するものであって,同時に自分のメリットになっている。だから提案を受け入れるという「行動のインセンティブ」になっているんだよ。これは非常にあたりまえの話で「ふーん」という類の話なんだけど,この基本が重要なんだ。

岡田:それは,そうですね。

芦屋:では次の質問。ある提案について自分がいいと思った場合,次にどんな行動をとる?

岡田:とりあえず,上司に説明しますよね。普通。

芦屋:そう。まず上司に話す。上司がOKなら,関係部門に話す。そして,経理部門に「買っていいですか」聞く。当然,コストとか効果とか,この製品でなければならない理由とかいろいろ説明する・・・説明して納得してもらうという行為が続く。つまり,説得してまわるということ。これも非常に面倒くさい。そして,ある程度社内世論を形成したら,こんどは稟議書。ここにも「なぜ,この製品なのか」,「どういうメリットがあるのか」,「コスト効果は明確か」,「リスクはないのか」,「税務上問題ないのか」,「会計上問題ないのか」,「法務上問題ないのか」の観点を明確に記載しなくてはならない。途中で質問攻めにあって追加で調査しなければならないことも多い・・・いかにも面倒くさいよ。僕もたくさん購入決定に携わっていたからよく分かる。そこまで面倒なことを強いるんだから,自分にとって大きなメリットがなくてはならない・・・面倒だと思わせないアピールポイントが必要ということだよ。さらに,説得して回る面倒を軽減するために,上司や関係者に一言で説明できるオリジナルなセールスポイントがいる。誰が見ても「いいね」と思わせるオリジナルなセールスポイントがあれば,説得の面倒が相当軽減される。

坂本:・・・つまり,提案を受け入れさせる・・・先に進めるためにはポイントが2つあるということですね。一つ目が顧客担当者が面倒を乗り越えて行動するための「顧客担当者自身のメリット」,そして,やっかいで手間のかかる上司や関係者の説明しやすいような会社や各部門にとってのオリジナルで明確なメリットということ。これらは2つの「面倒くさい」に関係していると。

芦屋:そう。意思決定では,だれが見ても納得感のあるほうがいい。納得感のないまま決定すると決定者は能力の不足を疑われるからな。だから,意思決定者たちは,その商品やサービスでなければならない絶対的なセールスポイントを説明してほしいと思っている・・・というか,オリジナルなメリットを説明してくれないと困るんだ。

岡田:提案を成功させるためには,まず顧客担当者のメリットが何かを訴求すること,そして,顧客担当者の面倒を軽減させることが必要だという理解でいいですか?

芦屋:そう。繰り返しになる部分もあるけど重要だから何回も言うよ。キーワードは「面倒くさい」。それも二つ。一つは顧客担当者が「面倒くさい」と思わないオリジナルのセールスポイントを決めて,提案の柱にすること。二つ目は,顧客担当者の作業の「面倒臭さ」を軽減してあげること。これで,顧客担当者は非常に喜ぶよ。喜んで,セールスを仲間だと思ってしまうことも多いんだ。

岡田:・・・「面倒くさい」に勝機があるのか・・・でも,実際問題として,そんな提案できる人いるのかな。

芦屋:少ないよ。そういうことをする人は。でも,何人か知っている。僕がまだ若くて購入のプロセスがよく分からなかった頃に見た人の話しをしよう。当時働いていた会社で関わったそのセールスの人は,僕が購入意思決定ラインでどんな行動をするのかをよく知っていた・・・もともと彼はITベンダでなく,ユーザ企業にいたという話だった。だから購入プロセスが分かっていたんじゃないかな。

坂本:どんなことをしてくれたんですか?

芦屋:上司や関係者に説明しやすいように「他製品比較表」や「他社導入事例」,「教育カリキュラム」,「他社での問題と対応策」なんかを出してくれた。最初は,買わせるためのテクニックと思って警戒してたけど,当時の上司からこれらの資料を作れといわれて途方にくれたよ。結局,気づいたらその人に電話かけて相談してた。単なるセールスから,相談者に変わってしまった。結局,その製品を数億分買って,その後も数年毎にそこの製品をまだ買い続けているらしい。当然,そこの製品にオリジナルメリットがあったんで,彼のセールステクニックだけで決めたわけではないのだけど,非常に上手く仕事が進んだことをよく覚えている。その後,僕はコンサルタントになり,教育関係販社に顧問として在籍して,ソルーション営業を指導していたけど,このとき学んだことは非常に役に立っているんだ。

坂本:なるほど・・・でも,そこまでやると提案する側が大変ですね。たとえ製品が売れても,負担も増加して全体的に見ると得ることは少ないのでは・・・。

芦屋:そうでもないよ。これは,優秀なセールスの秘伝なんだけど,「顧客担当者から業務知識を奪う」という方法がある。

坂本:顧客担当者から業務知識を奪う?

芦屋:つまり,本来顧客担当者がやるべき仕事を積極的にセールス側がやってしまうのさ。そうすると,顧客担当者は楽だからセールスにいろいろお願いするようになる。だんだん,顧客担当者のスキルが落ちて来るんだ。そのうち,顧客担当者も人が変わっていまう。このとき,ノウハウが受け継がれないから,顧客担当者はもう,そのセールスなしでは何もできなくなる。他社が安い製品を提案しても,新しいものを導入決定するプロセスの知識・経験がないし,比較検討スキル,説得スキルもないから,面倒で「いまのまま」が一番と考えてしまう・・・こうなると,顧客担当者を徹底的に楽にするというのは,長い目で見た場合,手間よりメリットの方が大きいということになる。優秀なセールスはこういうことを当然のように知っているんだ。

岡田:・・・そんな手があるのですね・・・ちょっと怖いですね。

芦屋:まあ,聞こえはよくないかも知れないな。でも,騙すとか陥れるとかじゃないちゃんとしたビジネス上の戦略だ。情緒的な感傷ではなく,具体的なビジネススキルとして考えればいい。ということで,この考えで,東氏に提案していこう。今日は時間がないから,明日に続きをしよう。宿題を出すから考えてきてほしい。まず,「東氏が行動するに足るオリジナルメリットとは何か」,「東氏を面倒から解放する手段は何か」この二つがポイントになるから,できるだけ多く考えてきて,そして明日議論をして,提案骨子を考えていこう。

   それまで,岡田,坂本はシステム構築を長くやってきたので,ソリューション営業に関する知識も,経験もありませんでした。そこで,提案の基本,応用テクニックについても一緒に考えるようにしていました。

 今回の仕事は,単にシステムを納入するだけではありません。今後,この大型販社にずっと商品を提供したいというのが,当社の狙いでした。これを行うためには,商品提供に付随するシステムサービス,それを支えるシステムインフラについて,我々がいなくては,販社が何もできないという環境を作りたいと考えたのです。我々が提供している商品は特殊なものでしたが,さほど商品としての違いを出しにくい商品でした。

 このため,どうしても価格競争になる傾向がつよく,私は,違う付加価値が必要だと考えていました。そこで,システムインフラ,業務システムのコンサル担当になれば,今後とも長いお付き合いができると考えたのです。

 さて,次回は,提案作成の具体的なプロセスについて岡田,坂本と一緒に考えたときのエピソードを紹介します。


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