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 「富士通の土台を支える役割を担う」。07年7月1日に富士通サポート&サービスから富士通エフサスに社名変更した同社の前山淳次社長はこう語る。98年度に株式を上場させたものの、04年に上場を廃止し、同社を100%子会社化したのは、富士通のサポート事業を再編成するため。上場廃止から3年近くが経過し、ようやく方向が鮮明になってきた。

 サポート事業はこれまで富士通と富士通エフサスの2次元対応だった。富士通は大手企業向け、エフサスは中堅企業向けというすみ分けもあった。さらに保守に関わるパートナ企業(主にシステム販売会社)が87社あり、いわば3段重ねのサポートになっていた。その結果、ユーザー対応のスピードに課題が出てきたため、エフサスにサポート機能を集約させるシンプルな構造に再編することにした。

 まずサポートのコールセンターや監視サービスなどを移管し、06年度までに富士通からエフサスに約600人が異動した。さらに、この5月に、ITインフラ構築の技術者らもエフサスに移し、サーバーやストレージ、ネットワークなどから成るITインフラ構築の上流から下流工程まで一貫して請け負える体制を整えた。これで、エフサスは保守サービス会社からITインフラ構築・運用サービス会社となり、ITインフラの設計から構築、導入、監視・運用をトータルに支援できるようになった。

 実は、5月に共通技術基盤の百数十人の技術者とプラットフォームソリューションセンターに従事する100人強をエフサスに移したことに大きな意味が込まれている。共通技術基盤の技術者らは先端的な事例を手掛けたり、ITインフラの技術情報をフィールドのSEに発信したりする役割を持つ。一方のプラットフォームソリューションセンターは、ITインフラの組み合わせ検証を支援したり、富士通のITインフラ「TRIOLE(トリオーレ)」に基づく構築作業を支援したりする部隊である。

 つまり、富士通再生のカナメの一つであるトリオーレに関連する部隊をエフサスに統合したのだ。前々回の針路IT(ITサービス革命に動く英国富士通サービス)で指摘したITインフラを標準化したトリオーレを富士通グループ全体に広げるために、ITインフラ構築・導入のプロ集団を一カ所に集めた。

フィールドイノベーション企業に

 富士通は02年にトリオーレを市場に投入し、03年にはテンプレートを用意した。標準化したITインフラは開発期間を短縮させるだけではない。システム障害の激減など信頼性の高さも示せる。トラブルをいかに回避するか、トラブルにいかに速やかに対応し修復させるというITシステム稼働後に、高い信頼性が求められ始めているからだ。プロダクトアウト、テクノロジードリブンの考えを改めることもであった。

 ところが、社内で期待した以上の利用が進まなかった。完成度の面から、これまでの自分流を押し通したからかもしれない。その結果、極端に言えば、富士通はITインフラ構築で、ユーザーとの関係が終わってしまうこともあったという。ユーザーのIT部門やIT子会社がその後を担当するようになれば、稼働後はすべてユーザー任せにもなる。そうなると、トラブルに速やかに対応することが難しくなり、逆に満足度の低下を招く恐れもある。ITシステムのライフサイクルという観点から、ビジネス機会を損失しているという見方もできる。

 その一方で、英国富士通サービスが標準化にいち早く取り組み、欧州市場でトリオーレを武器に商談を勝ち取りはじめた。ITインフラを再利用することで、安価になるなどのメリットをユーザーに訴求してきたこともある。今回、エフサスにITインフラ部隊を集約したのは、この英国版トリオーレを逆輸入し、国内でトリオーレの普及を加速させる狙いもある。

 根底にはITサービス事業を成長させることがある。社員4900人になった富士通エフサスの売上高(06年度)は2550億円だが、約900億円の保守サービスは年率数%で下がっている。それを補うには、サポート&サービス事業(約800億円)を10%以上の2ケタ成長させる必要がある。そのため、しつこいがサポート事業の機能をエフサスに統合したのだろう。

 思い起こせば、富士通は開発環境SDASなど標準化で一歩先をいく戦略を打ってきた。だが、粘り強く取り組むことに欠けているようにも思えることもある。そうした中で、黒川博昭社長はフィールドイノベーションを繰り返し説きはじめている。現場の課題を見つけ出し、それに関連する様々なプロセスや構造を変えながら課題解決を図るフィールドイノベーションを、エフサスは自ら実現させる役割も担っているのだ。