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ウェブ社会をどう生きるか

著者:西垣通
出版社:岩波書店
ISBN:978-4004310747
価格:735円(税込)

「Web2.0はいったい何が新しいのか,どのようなことが可能なのか。民主的平等主義の美名のもとで,逆に,社会的格差はますます広がっていく懸念はないのか。情報やコンピュータの本質を基礎から考え直し,社会全体として,真のIT革命実現に向けて,今どういう方策をとるべきかを問う」

 これは裏表紙にある本書の案内です。

 いわゆる,Web2.0礼賛本とは全く異質の視点からウェブ社会を見ています。“Web2.0バブル”崩壊が近づいていると警鐘を鳴らす学者や評論家が増えていますが,彼らとも違います。ITの発達によって,我々の思考のありようが変化していくのはむしろ当然のこと。世界観や人間観,それらを支える知の枠組みそのものが大きく変わっていく。しかしながら,現在の変化方向は,必ずしも望ましいものではないと。

 毎日,我々は皆,機械的な情報処理に追われています。ITを利用して,我々の消費的な欲望も行動もくまなく分析され,経済活動のメカニズムに組み込まれつつあります。それによって,資本や生活のリズムが加速し,競争も激化しています。競争をあおる情報をITが氾濫させているのです。人間は今やコンピュータの奴隷になってしまっています。

 東大大学院情報学環教授である著者の西垣氏は,ITの高度利用を,人間の生活を効率化し,グローバル経済を活性化することではなく,人間を機械化していく現在の流れを逆転させることであると捉えています。

 地球に生命が誕生する前に“情報”ってあったでしょうか? 情報は生命と共に発生したものであり,生物と対象との関係性から生まれるもの。つまり,情報というのは関係概念であり,生物にとっての「意味」であり「価値」なのです。情報は,人間だけでなくあらゆる生物にとって存在します。コンピュータで扱うデジタル・データはその一種に過ぎません。

 ダニの一種マダニは,視覚・聴覚が存在しないが嗅覚,触覚,温度感覚がすぐれている。ダニは目が見えないので,木に登り,哺乳類の酪酸の臭いによって落下し,温度によって皮膚へ前進し,吸血し,満腹したら落下し,やがて産卵して死ぬ。

 その知覚世界は人間が思うような三次元のものでは無論ないし,それどころか,二次元でも,一次元ですらない。すべての動物はそれぞれに特有の知覚世界をもって生きており,空間認識はもちろん,時間の進み方まで違っている。進化の過程で個体の環境に対する適応度を最高にするように設計されてきた。つまり,客観的な外部環境などというものは存在せず,個々の生物によって,別々の外的世界が多様に存在しているのです。

 個々の人間もそれぞれの多様な世界を脳内に持っているということであり,超越的な神の視点から見た客観的世界(リアルワールド)云々ではなく,そんなリアルワールドが脳内に投影された内的世界こそが,その人の世界であるという考え方です。

 現在,生物を機械から分かつ考え方としてもっとも有力なのは,自己創出性(オートポイエーシス)です。もっと重要なのは,オートポイエティック・システムが閉鎖系であることです。生命ですから外界環境と物質やエネルギーを交換しています。しかし,外からの情報に対して単純に反応しているのではなく,自己再帰的に閉鎖的に活動している受容反応機能(脳?)が外の刺激を受けて適宜反応しているだけ。

 つまり,生物は自分の認知している世界から外部に出ることは絶対できません。逆に言うと,内部から捉えないと生物の独特な本質は見えてこないということでもあります。すべての生命体は,過去からのDNAや個体としての経験に基づいて世界を認知し,刻々と自らの内的世界を変容させていくだけ。

 デカルト以来の西洋科学は超越的な神の視点から,客観的な世界として自然を論理的に解明してきました。ニュートンの古典力学やユーグリッド幾何学の世界です。そして20世紀初頭,何が起きたでしょう? 自然科学における観察(観測)者の存在です。相対性理論や量子論です。

 20世紀になって飛躍的に自然科学が進歩したのは,そんな“観察者の視点”があったからです。特に生命体の解明も生命体に付帯される情報も,観察者の視点が極めて大切だとわかってきたのです。

 生命体にとっての情報を考察する時,外の俯瞰的位置からではなく,生命体の内部世界に観察視点がなければ,多元的な世界に生きている人間(生命体)は理解できません。のっぺりとした唯一の客観世界(リアルワールド)での議論は,人間を機械と同一視する誤りをおかしてしまいます。

 人間はそれぞれの固有世界に住み,その心はオートポイエティックな多元的内的世界だから,バカの壁はあり情報は伝わり難いのです。しかし,そのコミュニケーションの考察こそ“情報と人間”に関わる重要なテーマです。本書はそれを「階層的オートポイエティック・システム」の概念で解いていきます。

 最終章には今後の情報システムの展望が書かれています。進む羅針盤になることは間違いありません。是非一読されることをお勧めします。