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相馬 純平
株式会社ラグザイア取締役副社長

 昨今の技術の変化に伴い,ITアーキテクトという役割の仕事は様変わりしてきました。当初は技術のスペシャリストでしたが,その後,「ITアーキテクト=設計士」という誤解を受けます。今後を考えると,「Ruby on Rails」などの便利なフレームワークの登場で,その役割は大きく変化すると思います。時代の流れに伴いITアーキテクトという仕事がどのように変化してきたのか,そして,今後どのようになるのか考えていきたいと思います。

アーキテクトとは

 建築分野には建物自体のコンセプトの考案や,構造のデザインを行う「アーキテクト」と呼ばれる職種があります。アーキテクトは自らの美的感覚や知見からその建物のデザインを行うため,芸術的才能を求められる職とされています。

 このアーキテクトという職種をシステム開発の分野に持ち込み,産まれた職種が「ITアーキテクト」です。それでは,なぜ建築分野のアーキテクトがシステム開発の分野に持ち込まれたのでしょうか? その歴史から考察していくことにしましょう。

ITアーキテクトの誕生と時代背景

 大規模システム開発を建築に例えるという風潮は,1975年に出版されたブルックスの『人月の神話』(Frederick Phillips Brooks 著,絶版,新装版がピアソンエデュケーションより発行)で紹介され,業界内に広まります。特に大規模開発においては,コンセプト・デザインや設計の考案などシステム開発の中核を担うために,アーキテクトと呼ばれる職種の設置を推奨しています。

 また,「システム開発は人月で見積もれない」という提言も行っています。例えば,エンジニア2人で5カ月かかるので10人月かかると見積もった場合,エンジニアが20人いても2週間でできるものではない。という話はあまりにも有名です。

 この本が出版されたころは開発言語も手続き型言語に限られ,表現力も少なくできることがかなり限られていました。ITアーキテクトは技術のスペシャリストとしてリスクを先行予測し,ソフトウエアの設計を立案,マネージメントしていくことが可能でした。とはいえ,未知の分野の開発において設計することは極めて難しいとされ,開発が失敗することも多かったようです。

 1980年代後半から1990年代前半はTCP/IPの一般化によるインターネットの普及,開発環境の整備とフレームワークが充実してきます。プラットフォームはメインフレームからUNIXワークステーションへの移行が進みます。開発言語はCOBOLやCといった手続き型言語が主流でした。

 そして1990年代後半になるとオープンソース・ソフトウエアが台頭し始め,ソフトウエアで表現できることや技術の選択肢が飛躍的に増えてきます。プラットフォームはUNIXワークステーションからPCにシフトし始め,誰でも手軽にシステム開発ができるようにもなってきます。