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 いずれの企業も,この厳しい環境の中で生き残り・発展するために,日夜努力している。その有力な手段としてITがある。だが,ここで改めて考えてみたい。ITは本当に企業の競争力を高めることができるのだろうか。

総務省調査に見る情報化投資の効果

 総務省の「平成18年度通信利用動向調査の結果」(調査対象:常用雇用者規模100名以上の企業1836社,調査時期:平成19年2月)に,興味ある結果が報告されている。

 同調査では「商品又はサービスの質の向上」「商品又はサービスの範囲の拡大」など8つのテーマについて,「情報化投資における効果の程度」を質問している。その結果を見ると,なんと効果を認めている企業の構成比は26%強から50%弱までしかない。その一方で,明確に効果を認めていない企業は21%強から35%強にもなる(このほかの選択肢は「分からない」,「無回答」。調査結果は,調査概要の28ページに記載されている)。

 企業が,ITの効果を最も認めるテーマは,「商品又はサービスの質の向上」であり,「効果あり」49.6%に対し「効果なし」は21.4%にとどまっている。これに,「商品又はサービスの範囲の拡大」の「効果あり」(43.3%)と「効果なし」(27.4%),「生産又は販売方法の多様化」の「効果あり」(39.7%)と「効果なし(マイナス効果含む)」(27.9%)が続く。

 一方,最も効果を認めていないテーマは,「生産単位当たりの調達コストの削減」で,「効果あり」26.1%に対し「効果なし(マイナス効果含む)」は35.5%に達している。「生産能力の拡大」の「効果あり」(30.0%)と「効果なし(同上)」(34.1%),「市場及び市場シェアの拡大」の「効果あり」(32.8%)と「効果なし」(33.0%)も効果が認められていない。

 こうした状況を,筆者の知る現場の実態から考えてみよう。

効果を発揮できなかったA社の需要予測システム

 ある電気メーカーA社は,季節品の見込み生産について,過剰在庫を抱える経験を何度も繰り返してきた。そこで,需要予測システムを導入。過去の販売実績と季節変動要因,販売イベントなどの要因を入力し,地域や期間を限定してシミュレーションを繰り返しながら,需要予測を収斂(しゅうれん)させていくことにした。

 しかし,在庫の実態は月末や期末の生産調整や出荷調整,営業部門の繁閑期の見込み調整,競合他社の予期せぬ新製品発売や値下げなどの要因で撹乱(かくらん)される。結果として,シミュレーションによる需要予測は用をなさなかった。

 A社では結局,本社の指示で「コンティンジェンシー・プラン」なるものを採用せざるを得なかった。何の事はない。可能な限り少ない数量で仕込み計画を立てる。万が一,季節要因で売り上げが増えたら,直ちに増産体制を採るということだ。これなら確かに過剰在庫の心配はないが,市場シェアが落ちる危険が非常に大きくなる。事実,A社のシェアは落ちた。何をかいわんや,である。

 生産計画システムに悩む企業も,少なくない。優れた生産計画システムは,生産計画や工程管理の担当者が長年夢に見てきた機能を提供してくれる。しかし,撹乱要因が余りにも多く,担当者の夢はそのほとんどが夢のまま終わることになる。在庫部材の紛失・欠品や作業工程の遅れという内在的な撹乱要因ならば,自分たち自身で手の打ちようもある。だが,購入部材や外注加工品の納入期限が守られないという外部要因になると,どうしようもない。

 事実,産業機器メーカーB社では,生産計画表は机上に放置され,計画シミュレーションは稼働しなかった。納入期限の遅延が頻発し,その上,更新納期が何度も破られる。購入部材遅延の予告表が警告表示で真っ赤になって,使い物にならなかったからだ。

 営業日報や商談把握システムにも問題がある。家電品の販社であるC社はCRM(顧客関係管理)システムを導入したが,理屈ではできるはずの当たり前の業務や組織が不充分だったために,機能しなった。例えば,営業マンが,通常では得難い顧客情報や商談進捗情報を入手したのに,それをシステムへ入力せずに個人で抱え込んでしまった。あるいは,困難な状況に陥った営業をバックアップする体制ができていなかったばかりか,関連部門が営業の窮地を他人事として眺めていた。つまり,CRM成功の鉄則が守られていなかったのだ。

 これらの実態が,先の総務省の統計に影響しているのだろう。ITは,必ずしも企業の競争力を高めない。

過剰なIT万能主義の陰で忘れられた人間の役目

 さて,以上の例から,私達はITについて大きな誤謬を犯す場合が少なくないことが分かる。

 まず,ITそのものは業務を改善してくれない,という極めて初歩的なことを確認せざるを得ない。そんな当たり前のことを,今さら取り上げないでくれと言われそうだ。しかし,我々は無意識のうちにIT過信の罠(わな)に嵌(はま)っているのではないか。己の胸に手を当てて,じっくり考えて欲しい。経営者から担当者まで多くの人々が,「ITを導入したのに,サッパリ効果が出ない」,「ITなんて何の役にも立たないじゃないか」という台詞(せりふ)を口にしながら,ITは業務改革の一手段にしか過ぎないこと,ITを構築・運用して効果を引き出すのは自分たち自身の役目だということを完全に忘れている。

 裏を返せば,我々はIT万能主義の誤謬(ごびゅう)に陥っているのだ。その結果として,何もかもIT化するべきであって手作業は悪であるという誤謬,IT導入前に業務改革などの地ならしを忘れるという誤謬が,派生的に起こっている。では,どうするべきか。

 上記A社の場合,需要予測の撹乱要因は,極めて根強く,払拭し難い悪弊だ。これを解消するには,そもそも工場の生産高や出荷高を架空で上げたり,先延ばしするような姑息な方法は絶対認めない。その一方で,営業部門が作業の繁閑に応じて製品出荷の見込み数を意図的に増減させることも絶対許さないといった,携わる人々の意識改革と業務改革が必須だ。その上で,コンピュータでシミュレーションする範囲と,人間が判断する範囲を明確に分ける。そうすることで,「コンティンジェンシー・プラン」などという硬直的な方法を採用する必要はなくなる。

 B社の場合,ITが購入部材や外注加工品の納期を守ってくれるわけではない。システム導入以前に,関係者が納入期限を厳守する体制を敷かなければならない。B社も,ITそのものが業務を改善してくれるという誤謬を,無意識のうちに犯しているのだ。

 CRMは,営業日報などを営業マンや管理者の鼓動を感ずるように用いなければならない。具体的には,営業マンが商談進捗の状況把握システムを容易かつ確実にメンテナンスできるように段取りしていなければならない。さらに,社内の営業マンに対する全社挙げてのバックアップ体制がきちんとできていなければならない。

 ITは業務改革の一手段にしか過ぎない。ITを導入するからには業務改革という地ならしが不可欠であり,その地ならしもITの構築・運用も,人間の手によって行われる。そしてITと人間の正しい関わりが必要である。ITにより企業の競争力を高めるには,基本に帰って当たり前のことを履行しなければならない。