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 前回まで,ITが企業における業務の「効率化」「最適化」を成し遂げるための条件を検討してきた。今回は,その次のテーマとしてITによる「企業資産の最大化」「企業価値の創造」を考えてみたい。

 ほとんどの企業はまだ「効率化」「最適化」の段階にあり,経営の質を向上させるという次のステップに進むことのできる企業は極めて少ない。とはいえ,その予備軍を含めた企業にとって,ITは果たして「企業資産の最大化」「企業価値の創造」を実現するための手段になり得るのだろうか。そして,その条件は何だろうか。

ITの貢献は行動を促す情報をタイミングよく提供すること

 まず,「企業資産の最大化」「企業価値の創造」という言葉の定義から入る必要があるだろう。

 企業資産は,人・組織・金・物・顧客,あるいは目に見えない知的所有権・商圏・ブランドなど多岐にわたる。以下,人材・顧客・ブランドを例に挙げて,考えてみよう。

 人的資産(人材)は,優秀な人材を集めることができれば,それに越したことはない。あるいは,すでにある人材を育成して逸材に育てる,彼らを適切に組織化して能力を最大限に引き出す,などの方法で企業に貢献させる。これが人的資産の最大化である。ITは,教育システム・組織活性化システム・情報共有化・実力発揮へ導く評価システムなどで,これに貢献できる。

 顧客資産は,自社にとって優良顧客を意味する。それを増やし,継続的に維持することが最大化だろう。ITは,個々の顧客情報を詳細に収集蓄積・分析することで,企業が顧客要求に応え,欲望を掘り起こす形で情報や商品・サービスを積極的に提供することに貢献できる。

 ブランド資産は目に見えないし,一朝一夕で作れるものではない。長年にわたって良質な商品・サービスを提供する,さらに広告宣伝,社会貢献など多様な活動によって作られ,大きくなる。ITは,市場情報の把握・ホームページによる情報発信などで,これに貢献できる。

 どの場合も資産増大にITが貢献するということは,「企業資産にかかわる情報(データ)を最大限に活用するということである」(日経コンピュータ2001年10月22日号特集「10年後の『強い』システム 効率化時代の終焉,“最大化”に突き進め!」より)。

 一方,企業価値と,その創造とは何か。SKYPerfecTV!で放映されたBPUマネジメント講座の企業価値経営論において,本田桂子マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン プリンシパルは,次のように発言している。

「企業価値は事業価値の総和である」
「企業価値を創造するためには,事業を成長させるか,資本コスト以上の事業リターンを上げることが必要になる。ただし,日本の経営環境を検証した場合,市場成長を大きく望むことは困難である。したがって,日本企業は事業に投入する資本からより大きなリターンを上げることに注力しなければならない」

 企業価値創造には,合併・買収・ジョイントベンチャなど,他社を巻き込んだ方法もある。しかし,ここでは上記の定義である「投入する資本からより大きなリターンを上げる」という“資本生産性の改善”に焦点を合わせる。

 投下資本以上のリターンを得るには,何にどれだけ投資するかという経営資源の配分が,まず重要である。そして,経営者に必要な情報をタイミングよく提供することで,即座に意思決定をし,適切な行動を起こせるような体制を作らなければならない。ここに,ITの出番がある。具体的には,価値創造支援システム,意思決定プロセス支援システムなどがある。

 こうして見てくると,企業資産最大化と企業価値創造のいずれについても,ITによる貢献は共通している。どちらに対しても,ITは増大する莫大で複雑な情報を収集し,マイニングのような技術で情報を解析する。そして,行動を促すための情報を,関係者にタイミングよく提供する。

企業価値に関わるシステム構築は地道な実務データ収集から始まる

 しかし,実際にはなかなかうまくことが運ばない。以下は,筆者がコンサルティングの依頼を受けた,映像関連機器メーカー某大企業A社の例である。

 A社では,業績フォローアップの会議が,幹部出席の下,月1回開催される。そのとき,あらゆる経営データを網羅した資料が出力される。基本的には課長以上の管理者は,この経営データを使って,いつでもリアルタイムの経営状態を把握でき,直ちに対策の指示や行動を起こせることになっている。

 このシステムの構想は,素晴らしい。ほとんど全ての経営データについて,予算や実行計画と比較しながら実績が示され,対策のための情報が提供される。例えば,人員(間接員・直接員),残業時間,作業効率,製品棚卸資産,部材仕掛り資産,製品納期・部材納期達成率,原価低減達成状況(設計・製造・資材など各部門別),管理費の回収状況,収益,売掛金・入金状況,買掛金・支払い状況などなど。ライン部門に言わせれば,逃げ場が全くないほど数字で完全包囲されている感じだった。

 しかし実態は,出力される主要なデータのほとんどが信用できなかった。

 例えば,部材仕掛り残高については,他製造番号への流用手配・不良品の補充手配・紛失品の申告手配・死蔵品の把握などが不正確で,入力も厳密でなかった。収益に影響を与える要素についても,設計変更・原価低減・購入材や外注品の単価変更・加工時間の変更などが,どの製造番号から,その何台目から,あるいは在庫品のどの部分から適用されるかが正確に把握できなかった。従って,いずれについてもアウトプットされた結果は信用できず,対策の立てようがなかった。

 A社の優れたシステムが機能しなかったのは,データ入力や部門間協力などに問題があり,企業活動を正確かつタイミングよく把握できる体制がなかったからである。

 企業資産や企業価値に関わる経営意思決定プロセスを支援するシステムでは,それほど高度な作業が求められるわけではない。実務的データを収集するという地道なことから始まり,市場や顧客の情報,さらには定性的情報など,幅広い情報が求められる。

 そこから,企業資産最大化や企業価値創造にITが貢献するためには,以下のことが必須であることが分かってくる。

  • 多岐にわたるデータの正確でタイミングよい把握と入力
  • 定量データだけでなく定性的データの把握と考慮
  • それらを可能にするための部門間や企業間の連携

 これらの実現は,A社の例に見るように決して容易ではない。だが,これを準備し切れる実力と覚悟のない企業は「企業資産の最大化」や「企業価値の創造」などという大それたことを思い立ってはならない。実力と覚悟のない取り組みは,必ずや失敗するだろう。