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 IT導入の効果が疑問視されるケースが少なくない中で,“日本的経営”はIT導入の際ともすれば切り捨てることをよしとされる。今回はこの日本的経営について,IT導入の成否に与える影響を考えてみたい。

業務改革の標的にされる“日本的経営”

 ITを企業に導入する際には,業務改革,すなわち従来の仕事のやり方を抜本的に改革しなければ効果は期待できないと言われる。そのとき標的にされるのは,日本的経営である。

 果たして,業務改革の掛け声に乗じて日本的経営を切り捨ててよいのか。

 確かに,日本的経営には短所が多い。終身雇用制・年功序列は,企業に無気力を生む要因になった。企業別労働組合は,組合の企業との妥協・なれ合いを生んだ。護送船団方式は企業の競走力を削ぎ,アンフェアだと世界の批判を浴びた。共同体経営は,責任不在の共同責任体制,排他的企業グループを形成したなどなど。これらの短所とは,断固として決別すべきである。

 しかし,日本的経営の中心である「人間尊重」,「会社と従業員の相互信頼」の考え方が経営に貢献する例は,たとえグローバルな時代を迎えても,ITが活用されるデジタル経営の時代を迎えても,色あせることはない。いくつかの例が,それを実証する。そしてそうした日本的経営の長所は,IT導入の効果を実現するためにも大いに貢献するはずである。

 経営者が株主のためだけの短期的視野で経営することを潔しとしないことは,日本特有の緩やかな企業会計制度とともに,長期的視野に立った投資を促すことに役立ってきた。これは,IT投資の面からも歓迎すべきことである。

 長期雇用制度の下では,企業は株主だけでなく働く人々のためのものでもあった。企業は働く人々を大切にし,家族ぐるみで従業員の面倒を見るという価値観を作り上げた。一方,その見返りとして従業員には企業に対する帰属意識を持つという価値観が定着した。こうした価値観のもので,皆の智恵を集めて改善・改良を行おうとする経営システムが生まれた。その価値観は,ITを導入する際の全社ぐるみの「意識改革」に役立つ。

技術の向上や伝承に貢献した継続的な雇用制度

 皆の智恵を集めて改善・改良を行う経営システムの典型的な例としては,製造現場の生産効率向上運動や技術伝承が挙げられる。

 CAD/CAM(コンピュータによる設計/製造)などITが,果たして製造業の競争力を高めるのか。「ITそのものが製造業の競争力を高めるという考えには疑問が残る」という主張(尾高・都留編「デジタル化時代の組織革新」有斐閣)を引用しながら,製造業の現場を見てみたい。

 生産される製品の価格や品質面の競争力,あるいは生産効率は,日本特有の品質及び生産性向上運動,あるいは日本特有の働き方,そのための人間関係と労務管理などの生産労働組織のあり方に,大きく依存する。例えば,IT導入以前に考案されたトヨタ式生産システム「TPS(Toyota Production System)」がある。筆者も経験したことだが,生産現場の品質や効率は,作業員が自主的に結成したと言われる「小集団活動」の地道な小改善や小工夫に支えられていた。それは,まさに「皆の智恵を集める」手法そのものである。残念ながら,この手法は今やアウトソーシングに侵蝕されつつあるが。

 一方,製造現場における技術の向上や伝承は,昇格制度に支えられた訓練,継続的な学習,先輩後輩の濃厚なつながりからの伝授の連鎖などが必要となる。そういう観点から見ると,長期雇用の下での継続的職位・職能の形成,先輩後輩のつながりという日本的経営の特徴が,技術の向上や伝承に貢献する。

 このように,製造現場の生産効率の向上や技術の伝承において,CAD/CAMなどのITがいわゆるファンダメンタルとなり,それを「皆の智恵を集める」という日本的経営システムが運用面で補完し,生産効率の向上,品質保持という企業の競争力が実現されるのである。

 また,日本的経営の特徴の一つと言われる「コンセンサスによる意思決定」手法も,上記の価値観から来るものであり,共同体経営の良い面と考えられる。IT導入する場合には,関係者の参画意識がその成否を左右するとさえ言われる。そこでコンセンサスを得ることは,関係者から参画意識の確証を得ることになる。

 稟議制度も,過剰回覧や根回しなどの欠点から,日本的経営で排除されるべきシステムの一つと言われる。確かに,稟議制度をグループウエアなどでIT化すれば,文書作成や稟議ステップの省略などで業務がスピードアップされるだろう。しかし,メール過剰時代にはかえって非効率な面もあるし,回覧や根回しの対象から外された人や部署は非協力的になるのが人情だ。IT化しながらも,日本的経営手法の一つである根回しを適度に活用すると,IT効果をより期待できる。

 IT導入に当たって,旧弊に捉われる日本的経営システムとは決別すべきである。しかし,その全てを捨て去ることは,むしろITの効果を減じてしまうおそれを伴う。

 目先の業績に捉われない長期的視野からの経営,従業員みんなの智恵を集める風土,企業との一体感と技術技能の蓄積や伝承などに貢献する継続雇用制度,幼長の序を尊重しながらも実力も重視する実力主義的年功制度,職場の人間関係の調和重視,単に顔を立てるのではなく理解を得てスムーズに事を運ぶための根回しなど,要するに「人間系」を重視する日本的経営は、先の例に見たようにIT効果を増幅するために貢献する。

 その根底には,野中郁次郎氏が主張する「新日本型経営」,即ち『組織成員が創り出した智恵を、組織全体で製品やサービスあるいは業務システムに具現化する「組織的知識創造」の技術』(野中・竹内著「知識創造企業」東洋経済新報社)が流れていると見てよかろう。

 IT導入成功のための一条件である業務改革の名を借りて,「人間尊重」,「会社と従業員の相互信頼」という日本的経営の心を切り捨ててはならない。