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 「江戸しぐさ」というのが,かなり前から注目されている。「江戸しぐさ」とは江戸のセンスであり,そこにはギスギスした現代の世の中で忘れられてしまった,江戸時代の商人や庶民の日常生活の智恵や感性が詰まっているそうだ。

 「江戸しぐさ」をテーマに,ヒューマン・ハーバー主宰の青木匡光氏(アソシエイツ エイラン代表,「人間接着業」を自認する)と議論している中で,「ITしぐさ」というヒントが出てきた。IT社会での常軌を逸したITマナーや,ITの導入効果を得られない企業に対し,「江戸しぐさ」は痛烈な教訓となる。「江戸しぐさ」をIT社会に応用すれば,「ITしぐさ」としても使えるのではないかと。

江戸商人の生活哲学をITに生かす

 「江戸しぐさは日本における江戸期の商人の生活哲学・商人道。しぐさは仕草ではなく思草と表記する。もともと商人(あきんど)しぐさ,繁盛しぐさといわれ多岐にわたる項目が口伝により受け継がれたという。(中略)倫理観,道徳律,約束事ともいうべきものであろう」(Wikipediaより引用)。「江戸しぐさ」はもともと経営者の哲学であり,真髄はノブレス・オブリージュ(身分の高い者は,勇気・仁慈・高潔などの徳を備えるべし)と考えられる。

 越川禮子著「江戸しぐさ」(朝日新聞社)などを参考にしながら,そのまま「ITしぐさ」としても通用しそうなものを拾っていこう。

 まず,IT導入に関わる人々みんなに問われる資質に関することから。

『お心肥(しんこやし)』:知識技術に加えて,切磋琢磨して心を豊かにし,人格を向上させる。
『見越しのしぐさ』:常に五感を磨き,第六感を働かせて先を見抜く。「どうしていいか分からない」は商人として失格。ITや対象業務についての知識や技術はもちろん必要だが,さらに経験に基づく洞察力や人格が,資質として重要であることに通じる。ベンダーにとっては優れた提案や対応,ユーザーにとってはベンダーに頼らない自主性などを生む力になる。

 次に,IT導入の際に問われる重要なコミュニケーション能力に関すること。

『陰り目』:陰気な目つき。商人が暗い目つきでいると買う気がしない。「陽気な目つき」は,コミュニケーションの基本だろう。期限に追われたり,システム上の難問を抱えたりしていると,つい暗くトゲがある目つきになり,人を遠ざけることになる。気をつけたい。
『尊異論』:自分と違う意見も尊び,よく聞き入れて取り上げる。これもコミュニケーションの基本で,当たり前のことだが難しい。その根底には,
『うかつあやまり』:足を踏まれた人も「こちらこそうっかりして」と謝ると雰囲気がよくなる。己の非も認めるという気持ち,自分を殺す姿勢がなければならない。システム導入過程では,いくらでも行き違いが生ずる。自分は悪くない,相手が悪いのだと批判ばかりしていても事は進まない。

 コミュニケーションを円滑に図る具体的方法にも,いくつかの好例がある。

『時泥棒』:約束時間に遅れたり,予告なしに訪れたりして,突然相手の時間を奪う。ここから,不信感・コミュニケーション断絶の第一歩に入る。相手の時間を盗んではならない。
『うたかたしぐさ』:話しかけても生返事で落ち着かない人のしぐさ。「打てば響く」ようになれと説く。
『相づちしぐさ』:相づちを打つ。始めに必ず「ご存知のように」と相手を立てる言葉が入る。その姿勢に,相手の分からない専門用語が入る余地はないはずだ。
『戸締め言葉』:「でも」「だって」「しかし」「そうは言っても」などの戸締め言葉は,口にせず,相手を遮らずに思いやりを持てと説く。事態を前向きに進めようとしたら,そんな台詞は出ないはずだ。ましてや,
『刺し言葉』:逆なでやチクリチクリの嫌み,当てこすりの刺し言葉は禁物である。この考えは,コミュニケーション円滑化に今でも役に立つ。

 次に,ベンダー・システム部門・ユーザー部門が互いに注意しなければならないこと。

『さしのべしぐさ』:本当に悩んでいる人,病人などに手をさしのべる。ユーザーが困っている時,あるいはベンダーが困っている時,お互いに手をさしのべる姿勢が必要である。この姿勢からは,相手の立場に立った提案・対応が期待できよう。
『見下ろししぐさ』:ただ「お気の毒に」と同情するだけで,何のアクションもしない。これでは,何の問題解決にもならない。悩んでいる部署に手をさしのべ,アクションを起こすには,
『聞き上手』:相手はどんな人か,何を望んでいるかを真剣に聞き,察しようとしなければならない。さらに問題が解決しない時には,
『おあいにく目つき』:目当て商品がないとき,「すみません」という言葉とともに,すまなさそうに目を伏せ,まばたきして申し訳なさを表現する。これは,単なるゼスチュアを推奨するのではなく,心からそう思うことが次の解決へのステップにつながるし,相手も納得する。
『駕籠とめしぐさ』:少し手前で駕籠を降り,豊かさをひけらかさない。つまり,専門用語や知識をひけらかさず,ユーザーの眼線に立つ姿勢が必要である。専門用語や知識の多用は
『仁王立ちしぐさ』に通じ,相手をシャットアウトしてしまう。関係者は互いに,
『念入れしぐさ』:手を抜かずに何度も確認する番頭のいる店は安泰。と言うように,相手の意思や決め事,約束事について手を抜かず確認しなければならない。

 最後に,年配者や子供へのいくつかの教訓を示そう。

『老入(おい)れ』:江戸の老後,老人評価はどれだけ「若者を笑わせたか」「若者を引き立てたか」「良き物を伝承したか」で決めた。これは,これから高齢化を迎えざるを得ないIT関係者や,経営者は肝に銘じなければならない。

 このほか『お初しぐさ』『稚児しぐさ』と言われて,『肩引き』(狭い道ですれ違うとき,肩を引き合って通る),『傘かしげ』(雨の滴がかからないように,傘をかしげ合う),『蟹歩き』(狭い道のすれ違い方),『こぶし腰浮かせ』(乗合船でこぶしひとつ分腰を浮かせて,後から来た人に席を作る)などは最低限の基本で,幼いうちから習得させた。あるいは,『銭湯つき合い』(公共の場で,人に迷惑を掛けず心地よく振舞う智恵を学ぶ)などのように,ITマナーを子供の頃から身につけさせる必要を「江戸しぐさ」から学ぶことができる。

 「江戸しぐさ」は,癖と同じように,あらゆる場面で一瞬のうちに体現されることが望ましい。