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 年度末だからと言うことはないのですが,何やらとても忙しくなって来ました。とは言え, あくまでも感覚的な感想でしかないのですが,「オープンソース界」にはそういった「時 間の流れのムラ」を感じることはあまりなくて,いつも同じような速度で時間が流れてい るように感じます。もっとも,それはいつも相当速いのですが。

オープンソースとフリーソフトウエアの「違い」

 まだこのネタで引っぱるのかと言われそうですが,3回に分けて書いて来たので,この辺 でまとめをしておきたいと思います。それぞれについての詳しいことは,バックナンバー を見て下さい。

 プロダクトとしては結局は同じものを指す,「フリーソフトウエア」と「オープンソース」 という言葉ですが,どちらの言葉で表現されるかによって,次のような点で違いがありま す。別々のものが存在するわけではなく,それぞれの言葉が何を目的とした言葉で表現さ れるかで違いがあるわけです。

思想性や価値感の違い

 フリーソフトウエアと言った場合,ライセンスごとにその背景となる考え方が異なります。 ライセンスによっては「思想の具現化としてのソフトウエア」と言えるものさえあります。 どのライセンスを選ぶかは,その考え方に共鳴できるかどうかだと言ってもさしつかえあ りません。また,フリーソフトウエアでのライセンスは,それぞれのライセンスの持って いる「哲学」への賛同という意味もあります。ですから,それぞれのライセンスの背景に ある価値感を持ちます。

 オープンソースと言った場合,各フリーソフトウエアのライセンスの共通部分だけを集め たライセンスへの適合という,かなり緩いもので考えます。個々のソフトウエアはそれぞ れの「思想」がありますが,オープンソースとして語る時にはそれらは敢えて語らないこ とになります。

 オープンソースはそういった様々な哲学の共通部分ですが,それ以外の部分は自由です。 つまり,そういったどの「哲学」への賛同をするか,あるいは新しい「哲学」を作るとい うようなことも含めて自由です。

視点や目的の違い

 フリーソフトウエアはいわゆるハッカー用語です。この言葉は,「自由なソフトウエア」 ということを表現するための言葉です。この言葉を使うということは,背景にある思想や 哲学,あるいは価値感を強く意識することになります。

 ですから,フリーソフトウエアはソフトウエアを作る側の視点です。ソフトウエアは著作 物でもありますから,「思想の表現」をするものでもあります。つまり,「ソフトウエア を作る人の思想の表現」という視点を持っています。

 オープンソースはいわゆるビジネス用語です。これは「ある種のソフトウエア」を普及さ せることを目的とした言葉です。背景にある思想や哲学,あるいは価値感ということより は,「ある種のソフトウエアのブランド」的な意味を持ちます。

 ですから,オープンソースと言った場合,ソフトウエアを使う側,あるいは使わせる側の 視点です。ソフトウエアは実用品でもありますから,ソフトウエアそれ自体は特定の思想 とは関係がありません。役に立つものや品質の良いものは良いというだけです。「ある種 のソフトウエア」は品質を上げるためのコストが低く抑えやすいため,品質が良いものも 少なくなりません。この「ある種のソフトウエア」がここで言うところの「オープンソー ス」に分類されるソフトウエアなわけです。