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 今、ITサービス業界では、インド系のITベンダーに対する漫然とした危機感が広がっている。確かに彼らは最近、日本のユーザー企業へ直接アプローチを開始しており、人件費の破壊的な差から仕事を奪われるとの見方も成り立つ。だが、あなたの会社がいい加減な仕事しかしていないのなら、心配ご無用。日本語の壁以外にもたくさんの壁に守られており、いい加減なお客相手に対するビジネスはしばし安泰だ。

 本題に入る前に一つ言っておけば、インド企業の脅威、あるいは中国企業の脅威などと騒ぎ立てる前から日本のITサービス市場は、外国企業に随分食い荒らされた。外国企業とは欧米企業のこと。何かと言えば、ERPパッケージの浸透のことだ。従来は日本のITサービス会社の金城湯池だった基幹業務システムの開発の多くの部分が、外国製のパッケージに置き換わった。

 ただ、欧米のERPベンダーと日本のITサービス会社の利害が見事に一致。膨大なカスタマイズという本家の欧米では考えられないビジネスモデルが成立し、共存共栄のエコシステムが出来上がった。だけど、今回のインド企業などはパッケージベンダーではなく、日本のITサービス会社と同様のシステム開発会社。しかも、開発力では相当に優秀な企業である。「だから、ヤバイ」と皆、そう考える。

 本当にそうか。冒頭にインド企業、中国企業が日本市場に直接参入するための障壁は、日本語の壁だけでないと書いた。実際、「そこをなんとか」の壁、「お持ち帰り問題」の壁、そして「ソリューション」の壁など多数ある。結論から先に言えば、インド企業などがそうした壁を感じることなく商売ができるのは、今のところ強靭なIT部門を持つ、ほんの一握りのグローバルな日本企業だけである。

 優れた開発プロセスを持つインド企業が、その優秀さを発揮するためには条件がある。ユーザー企業も優秀であることである。少なくとも完全な要件定義を出してもらえないと、きちんとしたシステム開発なんか不可能である。ユーザー企業が満足な要件定義ができず、開発段階になって隠れていた要件が出てくる。ユーザー企業が「そこをなんとか頼むよ」なんて言い出すと、開発現場は大混乱。コストをどちらが負担するかでももめる。これを「そこをなんとか」の壁と言う。

 ただ、この壁、さすがに今後は低くなっていくだろう。以前続発した火だるまプロジェクトに懲りた日本のITサービス会社も随分、要件定義にこだわるようになったし、契約もきちんとするようになった。それに2009年4月からは、ITサービス会社の受託開発の会計処理に工事進行基準が適用される。ITサービス会社にとっては、厳密な契約や要件定義がマストになるだけに、ユーザー企業との商慣行が多少は健全化しそうだ。

 そうして皮肉なことだが商慣行が健全化、あるいは近代化すればするほど、インド企業などの参入障壁も下がる。しかしそうは言っても、ユーザー企業が要件定義を満足にできないことには変わりなく、外国人には理解できない“あうんの呼吸”のぬるい商慣行も簡単には一掃されないだろう。そんな前近代的なITサービスの現状が劇的に改善されない限り、日本のITサービス会社は“黒船”に脅かされないで済むはずだ。

 要件定義をしっかりとできるユーザー企業向けのビジネスでも、「お持ち帰り問題」の壁がある。これは以前にも、別の観点から書いた話だ。例えば金融機関向けのシステム開発はオンサイト、つまり客先で行うのが基本。請負であっても、案件を持ち帰って自社内で開発することは、セキュリティなどへの懸念から顧客が許さない。従って、こうした企業に対して、インド企業などがオフショア開発で勝負するのは現状では難しい。

 もう一つ、「ソリューション」の壁というのもある。この壁が最も真っ当な壁かもしれない。言うまでもなくITサービス会社は、ユーザー企業にITソリューションを提供するのが仕事である。ソリューション(解決策)を提供するためには、前提としてユーザー企業の課題を把握できなければいけない。日本の産業構造や取引慣行を知らない外国企業がソリューションを提供するのは、そう簡単なことではない。

 パッケージベンダーと違い、ITサービス業、あるいはソリューションプロバイダとして日本市場に参入するのは、かくのごとく困難が伴う。それに彼らはBRICsの企業。やがて、本国のユーザー企業のシステム開発案件の受注で忙しくなり、日本市場開拓どころではなくなるだろう。結局のところ、インド企業、あるいは中国企業は本質的に日本のITサービス業の脅威にはなり得ない。

 で、何が言いたいかというと、こうした“黒船”は、日本のITサービス業界の構造転換、もしくは破滅的事態をもたらさないということだ。抜本的なパラダイム・シフトは別のところから来る。そうSaaSやクラウド・コンピューティング、つまり作らないシステムの潮流こそ要注意だ。目先の動きに惑わされて、ITサービスのビジネス環境の変化の兆しを見誤ってはいけないと思う。