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 「“心地よい”という領域を考えている」。

 野村総合研究所(NRI)の古明地正俊・情報技術本部上級研究員は、コストダウンや自動化、大量データ処理などといった従来型IT活用の域を超えた分野に着目する。同社の村上輝康シニア・フェローが言うところの「産消逆転」(企業よりも消費者がいち早く新しいIT技術を取り入れること)により、消費者視点で使われるIT技術が今後、重要になるという。

 その1つが、「エクスペリエンス・テクノロジー」(経験創出技術)である。Web2.0の進化に伴って、企業と顧客との接点には大きな変化が起きている。販売チャネルはコンタクトセンターやWebサイト、実店舗、仮想世界などに多様化しているが、消費行動は経験重視型にシフトしている。他の消費者の興味や注意の対象、検索した内容、比較や検討の内容、何を買ったかといった経験を参考にしたり、経験に関する知識共有を図ったりする消費者が増えている。

 マーケティングにおける主眼も「何を売るか」から「どう売るか」へと変化しつつある。商品やサービスそのものを売るのではなく、それらを購入したり使用したりする過程、つまり経験に価値を求める。こうした考え方を「カスタマ・エクスペリエンス」(顧客経験価値)と呼ぶそうだ。例えば、コーヒーを飲む場合、コーヒー専門店とホテルでは価格が違うが、コーヒー1杯の対価としてではなく、コーヒーを飲んでくつろぐ、あるいは談笑する、そういった場の対価であるということだ。

 ここに、「心地よい」がクローズアップされる理由がある。「例えば『安くて信頼性があるので、大丈夫だろう』といった購入パターンとは異なり、『楽しめそうだ』『雰囲気がよさそうだ』などといったイメージで決める」(柿木彰・情報技術本部調査部長)。このように、商品自体に強い特徴を持たせることができれば、ITサービス提供でも同様なことを考えられるのではないかという。

 例えば、システム運用監視のサービスでは、ダウンしないようにすること、ダウンしたら早急に復旧させることを目的に、ITリソースやトランザクション、アプリケーションの状態を監視してきた。ここになかったのが、エンドユーザーの視点だ。つまり、エンドユーザーが実際に体感するサービスのレスポンスや操作性などを監視すること(エクスペリエンス監視)だ。

 「クリック数が通常の10倍になっている」といったエンドユーザーの振る舞いを監視し、操作性に問題があるのか、画面のデザインに問題があるのか、といった原因を見つけ、改善を図る。「こうした(エンドユーザーの)経験を創出できる場を構築する」(同)には、パターン認識などといったAI(人工知能)関連の研究開発が必要であるという。

顧客接点を持つ企業が強くなる

 こうした新しい視点は、情報システム戦略にどう反映されるのだろうか。ここでNRIが指摘するのが、「フロント型企業」と「イネーブラー型企業」への分化である。フロント型は大量の顧客IDや決済システムなどを武器に消費者の囲い込みを目指す企業。一方のイネーブラー型は、フロント型企業の保有する顧客基盤や決済システムを利用する企業で、フロント型企業の販売チャネルを活用してモノやサービスを売り込む。要は、顧客接点を持つ企業群が台頭するということだ。

 情報システム構築という分野におけるフロント型企業の代表は、アマゾンやグーグルなどであり、既存のIT業界各社ではない。これらフロント型企業は、電子商取引や検索といったITサービスを必要なだけ使えるITユーティリティ・コンピューティング(あるいはクラウド・コンピューティング)環境を用意し、その上で様々なアプリケーションが使えるような仕組みも築いている。

 こうしたEC(電子商取引)サイトや検索サイトに加えて、業務アプリケーションの領域からも、同様の動きが始まった。CRM(顧客情報管理)を展開するセールスフォース・ドットコムやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の米Facebookなどだ。自社が構築したITインフラを他社に活用してもらうことで、アプリケーションを増やしている。

 そして、情報システム戦略と言えば、何を自社開発しサーバーで稼働させるか、何をITユーティリティ・コンピューティングで稼働させ、何をSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)として利用するかになってくる。ITインフラを構築・運用する手間が省けるので、「ITインフラよりも、よいアプリケーション、よいサービスを提供する企業を、ユーザーが選択していく時代になる」(古明地氏)。その時、“心地よい”が大きなカギを握るというわけだ。