SEマネジャの中には,報告資料や会議の資料を作ったり何か分析したりしているときに,部下から「ちょっと相談があるのですが…」と声をかけられても「今,ちょっと忙しいから後で…」と言って部下の話を聞かない人がいる。システム・ダウンなど緊急時ならともかく,それが恒常的だと部下が困る。読者の中にもそんな経験をされた方がおられるはずだ。
SEマネジャがやるべき仕事は多い。売り上げや利益の管理,販売活動やプロジェクトの管理,人事・労務管理,顧客との関係作り,営業や関係部門との相談や交渉,パートナ探しや発注・管理,交通費などの各種承認,監査対応、IT製品やシステムの勉強,顧客の業界やアプリケーションの勉強など,いろいろな仕事がある。やればやったできりがない。よほどうまくこなさいないとパンクする。毎日深夜まで働いてもなかなか全部こなせない。多くのSEマネジャが「あれもしなければならない。これもしなければならい」などと毎日時間に追われている。
そんなSEマネジャを見て,後輩SEの中には「自分はSEマネジャになりたくない」という人さえいる。そんな中で部下から声をかけられるとついそうなるのだと思う。SEマネジャは別に悪気があってそうしているわけではないと思うが,それは決して望ましい姿ではない。
SEマネジャの仕事が多いのは分かる。だが,忙しいからといって,第一線の戦力であるSEの相談をおろそかにしてよいはずがない。あえて言えば自分の仕事をするために,SEマネジャが立場の弱い部下という弱者を犠牲にしているようなものだ。それではビジネスはうまくいかないし,部下のやる気を下げかねない。今回は,これについて筆者の経験を基に述べる。
長年付き合っている人ばかりが相手ではない
人間は誰しも,忙しくなると他人の相談に乗る時間も,心の余裕もなくなる。筆者もSEマネジャになりたてのころはそうだった。
販売活動やシステム開発プロジェクト,トラブル対応などに追いかけられ,目の前の仕事を一途にこなす毎日だった。急ぎの資料作りの最中に部下から声をかけられると,つい「ちょっと今忙しい。後で…」などと言っていた。
部下が長年付き合っている人間だけだとそれでも何とかなったが,人事異動などで新しいSEが来ると,そうはいかなくなった。きちんと彼らに向き合わないと指導もできない。部下のSEも,上司である筆者の考えが分からなくて戸惑っていた。また,こちらがバタバタしていると部下も相談するのを遠慮しているようにも見えた。
いずれにしても「このままではまずい。もっと部下の相談に乗れるようにしないと…」と悩んだ。先輩のSEマネジャや仲間にも相談した。だが,なかなか納得のいく答えは見つからない。
しかし,そんな問題意識を持ちながらSEマネジャ稼業をやっていると,段々と「自分の時間は部下の時間だと思うしかない」と考えるようになった。“自分の時間は部下の時間”とは禅問答的だが,以下それについて説明する。
自分の仕事は部下がいないときにやる
SEマネジャの仕事の中には,自分一人だけでやるものがある。課の方針やプロジェクトのやり方の検討,技術的な課題の調査,会社や上司への定期的な報告,レポートの作成や会議資料の作成などがそうだ。他にもビジネスの分析や部下の教育計画・人事評価,技術やアプリケーションの勉強などもある。
このようなSEマネジャが自分一人でする仕事よりも“部下の相談に乗る”“部下の話を聞く”ことを優先する。すなわち,自分の時間は部下に使われるためにあるという考え方だ。これが「自分の時間は部下の時間」の意味である。
逆に「部下の時間は俺の時間」と考えると「ちょっと後で…」と言うことになる。筆者はそう考えて思い切って「自分は自分の仕事はほっといてでもできるだけ部下の相談に乗ろう」と思い切って決めた。そして,次の3点を日頃やろうと心がけた。
(1)自分の仕事は部下がいないときにやる
自分だけでできる仕事は基本的に部下がいないときにする。始業前や終業後,就業中でも部下が出かけているときなどにすることを基本とした。
(2)部下が相談しやすい雰囲気を作る
筆者は極力バタバタをしないように心がけた。SEマネジャがバタバタしていると,部下のSEは「上司は忙しいんだ」と思って相談したくとも遠慮するからだ。部下と会ったときや部下のそばを通ったときには「○○君,△△はうまくいってる?困ったことはない?」と声をかけるなどして,相談しやすい雰囲気を作った。
(3)部下の相談ごとの選り好みをしない
部下が誰だろうが,どんな用件だろうが,すべて相談に乗るようにした。自分が部下の相談をOKするかどうかを決めるのではなく,決めるのは部下だと考えていたからだ。
この3点を心がけて,極力,部下の相談に乗るようにした。そして,部下から何か頼まれたら自分一人でする仕事よりも優先して部下をサポートした。
だが,自分の時間も作らないと自分の仕事ができない。だから,筆者は時には休日出勤して静かなオフィスで仕事をしたり,日曜日に新製品のマニュアルを読んだりした。通勤時には電車の中で「あの仕事はどうやろうか。あの資料はどうまとめようか」と段取りを考えたり,自分でやる仕事の優先順位を付けたり,部下ができることはできるだけ部下に振ったりするなど,いろんな工夫をした。
そう言うと,SEマネジャの中にはきっと「冗談じゃない。残業や休日出勤が増えるじゃないか」と言う人もいると思う。筆者はそれを否定するつもりはない。だが,SEマネジャは部下がいて初めて仕事ができることもまた事実である。
「自分の時間は部下の時間だ」。これが今日の一言である。
部下に任せるのと根っこは同じ
筆者は以前「SEマネジャは部下に使われるマネジャになれ」と主張し,多くの読者の方から賛同を得た。この考え方は「自分の時間は部下の時間だ」云々と大きく関係する。
「自分の時間は部下の時間だ」と考えるSEマネジャは,部下に仕事を任せるし,部下に使われようとする。逆に「部下の時間は俺の時間だ」と考えるSEマネジャは部下に仕事を任せないし,部下を使おうとする。
SEマネジャが自分の時間をどう考えるかは極めて重要である。それによってSEマネジャの在り方やビジネスや部下の成長が変わるはずだ。SEマネジャの中には自分の在り方で悩み葛藤されている方も少なくないと思う。行き詰まって閉塞状態の方もおられると思う。
そんな人は自分の時間を保守的に考えるのではなく,思い切って「自分の時間は部下の時間だ」と考えてパンク覚悟でそれに挑戦してみることを勧めたい。すると部下との関係も変わり,きっと予想外の新しい道が開けると思う。
筆者はSEマネジャとしてどんな時間の使い方が正しいなどと言うつもりはない。会社の業態や担当顧客,プロジェクトなどSEマネジャの置かれている環境によって,時間の使い方は様々だと思う。例えば,1件の顧客だけを担当しているSEマネジャと数件の顧客を担当しているSEマネジャとでは必然的に異なる。東京・大阪と,広範囲の担当地域を持ち本社の支援が弱い地方とでは異なる。部下の人数によっても異なる。
だが,少なくとも部下や担当営業など弱者を軽視してはなるまい。彼ら彼女らから「自分たちは放ったらかしだ」とか「会社のことしか考えていない。上ばかり見てる」などと評されないような時間の使い方を,SEマネジャは考えるべきであろう。
「自分の時間は部下の時間だ」。これが今日の一言である。