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 「なぜ、今辞めるのか分からない」。
 ある富士通関係者は、同社の黒川博昭社長が2008年6月末に相談役に退き、4月1日に副社長になったばかりの野副州旦・前経営執行役上席常務が社長に就任する人事を不思議がる。「秋草直之会長のように社長在任6年、つまり来年でもよかったのではないか」と言うのだ。

 3月27日の記者会見で黒川氏は、退任理由に「ワンマン・コントロールの弊害」を挙げた。「役員会などで意見を求めても、誰も発言しない」と吐露した。だがトップはそもそも孤独なものであり,最終決断は自身でするしかないのだから、それをもってワンマン経営とは言えないだろう。それなのに、敢えて“ワンマン経営”を強調した理由はどこにあるのか。

 「私の能力が会社の成長の限界になってしまう」という黒川氏の発言からは,追い詰められた状況がうかがえる。黒川氏はプロフェッショナル化と分社化を推進することで、富士通の強さを鮮明にしようとしていた(参考:「3年間で構造改革を実現させる」、黒川・富士通社長の思い)。しかしその結果,黒川氏の“お墨付き”による社長直轄プロジェクトが目立って増えてきたという。

 プロジェクト担当者としては,自ら手がけた商品や事業にこだわりたいだろうが、それが富士通としてフォーカスすべき商品や事業を見えにくくし、世界に打って出られる商品作りを遅らせた。事実、世界をリードする、いや日本をリードするような強い商品は一つも開発できなかった。こうした状況の打破を,黒川氏は野副氏に託したのではないか。

 野副氏の経歴から読み取れることがある。北米に長く駐在し,IT業界の動向や競合分析に携わった後、英国ICL(現富士通サービス)との提携交渉や米IBMとの著作権紛争、日米通商摩擦におけるロビー活動などに携わった。多くの修羅場を経験した野副氏には強面(こわもて)のイメージもあり、社内でも恐れられているという。畑違いのSI部門に1人で乗り込み、赤字を撲滅したのは有名な話だ。

 その交渉力と実行力を持ってすれば、富士通が日本のIT業界再編をリードできるのではないか。ここに真の狙いがあると思う。そもそも日本のITベンダーは,IBMやHPなどの欧米ベンダーと戦う以前に、事業ポートフォリオを整理して「何でも屋」を返上する必要がある。だからこそ黒川氏も「強いところをより強くする」ことを中期経営計画の骨子にした。が、高々数十億円規模の事業にしがみつき、肝心要の事業に傾注できなくなってしまった。

 もっともこれは日本のITベンダーに共通した課題である。メインフレーム時代、大手国産ITベンダーには日本のIT産業を牽引する力があった。しかしオープン化を契機に,主導権は完全に欧米ベンダーに握られ、価格競争を仕掛けられている。結果、ハードウエアからの収益はほとんど無くなり、じり貧に陥った。稼ぎ頭は,もっぱら国内市場をターゲットにしたSIであり,人数依存型のビジネスから離脱できないでいる。

 この状況を打破するためには、強いところをさらに強くするための買収を行い,弱いところは売却するなど,思い切った策を考えるべきだ。欧米ITベンダーとコモディティ製品の価格競争で勝負できないのなら、例えばPCサーバーはある1社が製造し、他社にOEM供給する。ソフト分野においても,他社の強いソフトを積極的に活用するなどして、どこに集中するかをはっきりさせていくべきではないか。

苦手なグローバル展開がカギを握る


 思い切った策の実行役として,間接部門出身の野副氏はうってつけのように思える。歴代の技術出身の経営者と比べれば、既存商品に強いこだわりがないからだ。目先の収益にとらわれずに長期展望を描き、富士通のプロダクト戦略を俯瞰できる参謀を据え、重点分野を決め、新しいことに挑戦する。そこから新しいIT産業を創造する再編が起きる。そう期待したい。

 社長交代を発表した2008年3月27日の会見で、野副氏は「富士通の課題はグローバル化にある」と言い切った。「国内では強いソリューションを提供できる力を蓄えたが、収益を上げる基盤となるグローバル事業の展開には、海外で通用するプロダクトが必要だ」と、プロダクトに課題があることを認める。

 同社は,欧米にそれぞれ現地法人を持つが、本社による統制は強くはなく,各国がバラバラに取り組んでいるように見える。それは,国内で開発した商品やサービスが海外で通用しないせいでもある。野副氏もこれについては「作ったものは売れる,というこれまでの考えから、売れるものをいかに作るか,に発想を切り替えることが必要だ」としている。同社のサーバーは国内でこそトップシェアを獲得しているが、世界では数%に過ぎず,それっぽっちのシェアではしょうがない。しつこいようだが,捨てるものを決めることだ。

 野副氏は,グローバル展開とともに「単独利益の改善」を課題に挙げている。2009年3月期の決算では,半導体など採算性の悪い事業を分社化したことで「改善できた」などと,せこいことは言わないで欲しい。

なお、本コラムは日経コンピュータ08年5月15日号「田中克己の眼」に加筆したものです。