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 「今,多喜二の蟹工船が売れてんだってね」,意外な人からしばしば言われる。それほど,小林多喜二「蟹工船」が売れているそうだ。2008年6月27日付の読売新聞によると,2008年に入って6月下旬までで40万部近く,この2カ月だけで30万部以上売れたという。読者層は,10代後半から40代後半までの働き盛りが約80%を占めるが,特にフリーターやワーキングプア層が中心だという。彼らの雇用状況が「蟹工船」漁夫・雑夫のそれと共通し,共感を呼ぶらしい。

 それにしても,関係者は少し上ずった声で話し過ぎてはいまいか。過剰な評価や期待は禁物だ。若干の状況分析をしながら,その「ブーム」から何を考えるべきか検討してみる。

ブームのきっかけは毎日新聞掲載の対談

 今回のブームのきっかけは,毎日新聞の朝刊文化面に2008年1月9日付で掲載された作家の雨宮処凛氏と高橋源一郎氏の対談だったようだ。この対談で雨宮氏は,蟹工船の現実性を以下のように語っている。

「蟹工船がリアルに感じられるほど,今の若い人の労働条件はひどい。派遣で働いて即ネットカフェ難民になる例もある。(中略)アパートも敷金礼金ゼロの安い物件だと,家賃滞納があればすぐ追い出され,ホームレスになってしまう。こないだも,仕事を辞めてそのままホームレスになった元正社員に会いました。バイト先もなく,(中略)ミックスナッツだけで10日間暮らした人もいます。友達も貧乏で,友達の家に転がり込んだら2人で一気にホームレスに…」

 一部の現象で全体を捉えていない,過剰表現のようにも思える。しかし,対談相手の高橋源一郎氏は「僕を含めた上の世代の多くは,日本にこんな貧困層がいると実感できないかもしれません」,「僕だって最初は,雨宮さんの話をプロパガンダの一種ではないかと思っていたんです」と同調している。

 社会主義・共産主義国家が消滅ないし疲弊し,資本主義がグローバル化した今と蟹工船当時とは単純比較できない。しかし,対談の話だけでなく我々の身近な状況から考えても,現象は違っても今の弱者が「蟹工船」の漁夫と本質的に同じ扱いを受けている局面が無しとしない。

 現在では,非正規雇用労働者が増えた。総務省の2007年就業構造基本調査を見ると,非正規雇用労働者は,1984年の時点では労働者全体の15%だったが,2007年には過去最高の35.5%にも達している。この原因のひとつに,労働者派遣法改正による派遣労働者の増加がある。改正には,例えば,派遣受け入れ期間の延長がある。ソフトウエア開発などの業務は「3年」から「制限なし」になった。

 かくして,数が増えたフリーター・派遣社員・請負社員など,加えて低賃金や低労働条件で酷使される外国人労働者達は,常に失職の不安を抱え,失職から逃れるために理不尽な雇用条件を飲まされている。正社員といえども,サービス残業やパワーハラスメントなどに耐えて,やがてうつ病や自殺に追い込まれるケースもある。警察庁の統計資料などを見ると,自殺者は1日90人,ここ10年で30万人を超える。その原因のかなりの割合を「経済・生活問題」や「勤務問題」が占めている。

労働力不足時代に備え,技術伝承の基盤を強固にせよ

 SEも厳しい条件下で耐えている。筆者の知るあるSEは,会社の残業制限で永年サービス残業を強いられているという。その中には,常に心身の不調を訴える者,健康を害する者も出てくる。

 また,子会社から親会社に派遣されている某SEは,常日頃,親会社の担当者や女子事務員から蔑視されることに耐えているという。彼は,自分は仕事の面で親会社の連中には決して負けないと思っている。彼の内面には,せめて同じSE,あるいは同じ人間として扱ってもらいたいという不満が鬱積している。その不満が,子会社のSEが今度は外注のSEを蔑視する原因になってくる。子会社,外注のSEの人間関係のストレスは,例えようがないほど彼らの心を蝕む。

 さて「蟹工船」の漁夫達と現代の弱者を重ね合わせてみたとき,二つのテーマが浮かぶ。

 一つは,今のような弱者への扱いを続けると,やがて経営は行き詰るだろうということである。一時に比べて,企業の中に占める弱者の割合が多過ぎる。企業は,人件費の節約と仕事量増減の調整弁として「非正規社員」制度をとっている。だが,果たしてそれによって得るものの方が,失うものより大きいという保障があるのか。

 経営者自身が自ら,クライアントの現場,自社の現場の第一線を訪ねてみるがよい。労働者がまともな人間として扱われず,いつ解雇されるか分からない不安にさいなまれる現場,あちこちからかき集められて一体感などおよそないバラバラの現場。そんな現場で,高度のモラールが生まれるのか,高い品質が期待できるのか,連帯感や生産性が上がるのか,そして技術の伝承が脈々と行われるのか。確たるデータが手元にないので残念ながら断言できないのだが,失うものの方が多いのではないか。今こそ経営陣は目先の利害に捉われず,長い眼で見た体制に切り替えるべき時だ。

 これからは少子高齢化による労働力不足の時代に突入する。オフショアや外国からの労働者輸入が避けられない時代を迎え,非正規社員に固執する時代は終わった。システム部門も,営業・製造などの部門も,多数派の正規社員で固める工夫をして,高度のモラールを維持し,品質・生産性・技術の伝承など,経営の基盤を強固なものにしなければならない。できるだけ多くの非正規社員を抱えた方が得だというしがらみから,早く抜け出た者が勝者となろう。それは,「蟹工船」ブーム以前の問題である。

 もう一つのテーマは,弱者の動きである。弱者が「蟹工船」を読んで,多喜二が目指した共産主義革命を起こすはずもないが,彼らが団結して,あるいは組合に加盟して労働組合運動が活性化するかもしれない。しかし,それも幻想か。熱しやすく冷めやすい日本人の性格に加えて,現代の弱者による権威に対する抵抗勢力が継続的になり得るとは,とても思えないからだ。

 過去において,労働組合は資本主義発展におけるバランスを取る重要な役割を果たしてきた。昨今,労働組合が弱体化して,そのバランスの崩れが心配されるところだ。現代の弱者にその重要な役割の再生力になることを期待したいのだが,無理だろうか。過剰な期待は禁物だが,期待したい。

 一方,弱者は多くの機会を絶たれて消極的になり,諦観が支配し,絶望している。国として彼らに挑戦のチャンスを与えるシステム作りを急ぐべきだ。

 今回の議論は,筆者の思いを中心にしたため,弱者として実際に苦しんでいる若者からの視点に欠ける嫌いがある。次回は,白樺文学館の多喜二ライブラリーが主催した「蟹工船」エッセーコンテスト入賞作品などを参考にしながら,労働現場の若者からの視点で検討を深めたい。