PR


 「同じ品質のサービスをグローバルで提供する『グローバル・デリバリ』というコンセプトがある」。

 日本ユニシスの平岡昭良上席常務執行役員は、インドのIT企業の魅力をこう説明する。同社が2008年3月にインドのインフォシス・テクノロジーズと提携した理由もここにあるという。前回の針路ITで、日本のITサービス企業のグローバル事業戦略について触れたが、今回はインドのIT企業と提携した日本ユニシスの取り組みについて少し掘り下げてみたい。

 平岡氏は現在のシステム構築の進め方を、工程作りから見直す必要があると考えている。システム構築において、製造業で言うところの生産ラインに相当するものは、本来フレークワークやテンプレートであるのに、日本のITサービス会社の多くは個々のシステム作りそのものと勘違いしていると指摘する。

 「システムの品質や開発生産性を高める上で、フレークワークやテンプレートこそが重要な役割を担うのに、日本のITサービス会社は宮大工や職人芸といった“個人技”で対応する。このやり方には、要件が複雑になるほど事故の起きる可能性が高まる」(同)。

 翻ってインドIT企業は、フレークワークやテンプレートなどによる作業の標準化にこだわる。フレームワークから逸脱した開発作業をしようとすると、前に進めない仕組みにしているという。もちろん、日本のITサービス会社もフレームワークやテンプレートを持ち、それを活用しているが、社内での活用をここまで徹底できていない。

 そうした現場には根強い抵抗勢力がある。技術者は従来からのやり方に固執し、標準化に背を向ける。そして「現場を知らない人が考えた手法は使い物にならない。今の方法が最善だ」などと主張する。「生産性や品質を高めるにはフレームワークの活用が必要だ」と社内に説くうえで、インドIT企業との提携には大きな意味があるということだ。

 提携した理由のもう1つは、日本のユーザー企業がERP(統合基幹業務システム)やCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)などのソリューションをグローバルで提供することを求め始めたことだ。断れば、ユーザーとの関係そのものがなくなる可能性もある。加えて「国内での事業の成長に限界が見えてきた」(平岡氏)こともある。

 本格的にグローバル規模でソリューション展開することは、「当社単独では難しい」(平岡氏)。前回も書いたが、米ユニシスと資本関係を解消した日本ユニシスには今のところ、グローバル・ビジネスの経験(を積む機会)がない。グローバルなサポート体制を築くために、インフォシスとの提携が大きな力になるということだ。

ユーザーとして実感したインド企業の実力

 実は、日本ユニシスは数年前からインフォシスとの付き合いを始めている。オラクル製ERPをベースにした基幹系システムをJ-SOX法に対応させる折にインフォシスの力を借りた。「オラクルのERPはアドオンが容易なのが特長だが、その半面、アドオンが多くなりがちなのでバージョンアップが難しくなる」(平岡氏)。

 CIO(最高情報責任者)でもある平岡氏は、バージョンアップ作業のために技術者を確保しようとしたが、社内の技術者は顧客の案件優先のため使えないし、他の日本人技術者も見つけられなかった。方策を探る中、インフォシスがオラクル製ERPのアドオン部分を分離してバージョンアップするためのテンプレートを持っていたことが分かった。

 言葉の壁や未知の方法論などに対する懸念はあったものの、「活用できそうだ」という感触を得た平岡氏は導入を決断。実際のバージョンアップ作業もスムーズに進んだ。「2007年5月のゴールデンウィークにシステムを切り替えたが、社内の利用者は気がつかないほどだった」(同)。

 「これは面白い」と思った平岡氏は、オラクル製ERPのユーザーにバージョンアップ提案をする際に使えると考え、インフォシスとの協業の可能性を探り始めた。2007年11月にはインフォシスのCEOが来日、日本ユニシスを表敬訪問。両社のトップ会談により、協業の内容をさらに詳しく検討することを決定。2008年3月には協業の発表となった。

 提携の基本的な狙いは、グローバルなサポート体制の確立である。取材時点では、具体的内容は固まっていなかったが、100%子会社のユニアデックスが日本市場で手掛けている保守などのサポートを、海外でインフォシスが提供する。それも日本と同じレベルのサービスを目指すという。今後は、例えば日本ユニシスが持つハードやソフトの資産を活用し、日本企業の海外法人向けにSaaSなどのサービスを提供する場合、現地サポートをインフォシスに請け負ってもらうことも考えている。

 日本ユニシスの成長にはグローバル展開が欠かせない。そしてその成否は、まずは足下のフレームワークやテンプレート作りと、その活用を深く浸透させられるかにかかっている。