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 「日本市場の成長が止まった今、海外で頑張る」。SRAホールディングスの鹿島亨社長は海外市場開拓の作戦を練っている。

 同社は20年前から欧米やアジアに開発拠点を作り始めた。84年に米国法人を設立したのを皮切りに、90年に欧州、2002年にインド、2007年にシンガポールに進出。日系企業向けのシステム・サポートから始め、オフショア開発、さらに海外企業開拓へと事業を広げてきた。海外向け事業の売り上げは総売上高の10%に満たないが、今後の伸びを期待している。

 SRAは2006年10月に発表した中期経営計画で,2008年度以降に売上高1000億円,経常利益率10%台という目標を掲げてきた。「ソフト業界で存在を示すには1000億円超の売り上げが必要」(鹿島氏)との考えからだ。

 2006年に持ち株会社制に移行したのも同じ狙いである。2007年度の売上高は約450億円だったが,これを倍増させるにはM&Aが欠かせないと考え,独立系SI企業などに声をかけたという。「子会社にするつもりはないし、経営陣も社名もそのままにすると説明したが、候補は1社も現れなかった」(同)。M&Aが進まないまま,2008年度の決算は減収減益となった。売上高は前年度比7.3%減の約417億円、営業利益は前年度比6.9%減の約38億円である。

戦うのが無理なら味方に付ける

 そこで鹿島氏は,海外市場開拓を急ぐことにした。「今のようなソフトの作り方をしていたら、仮に生産性を2倍、3倍に向上させられたとしても、人件費が10分の1のインドや中国には勝てない。戦うのが無理なら味方につける」(同)と考え,インドに進出した。「国内での外注をやめて、インドの子会社で開発すれば1人あたり50万円浮く」(同)計算もあった。

 2009年2月には,オフショア開発と中国ビジネスを展開するSJホールディングスに5.5%出資し,業務提携した。「中国にはかねてから進出したいと思っていたが、ものを売るには販路がいる。自分でやるのはリスクが大きいし、中国企業に相手にされないかも知れない。それなら、中国市場を熟知するパートナーと組んで開拓しようと考えた」(鹿島氏)。

 SJホールディングスの李堅会長兼社長は2009年3月の業務・資本提携説明会で、「日本国内で成長のチャンスを見出すのは難しいが、中国には大きな市場がある。SRAの技術的なバックボーンは中国で活きる」と、SRAとの提携に踏み切った理由を語っている。

 2003年にジャスダックに上場したSJホールディングスは、2001年から中国でビジネスを始め、2008年度の売上高約258億円のうち約100億円程度を占めるまでになった。が、ソリューション不足という悩みがあったという。

 SRAはまず,SJホールディングスの中国法人を開発工場として活用する。SJホールディングスにとっては,オフショア開発の仕事を安定的に確保できるメリットがある。2008年度下期,SRAはSJに400人月の開発を発注した。2009年度には800人月を発注する予定である。SRAの外注規模1万2500人月(2007年度実績)に比べるとまだ絶対量は少ないものの,今後,規模が拡大すれば大きなコスト削減効果が期待できる。

 次の段階は、SJホールディングスとの協業関係を,日系企業向けのシステム開発やサポート、さらに中国企業向けにSRAの得意とする電力や文教市場向けソリューションの販売へと拡大させていくという。

 SJホールディングスは中国の電力会社などとの取引実績があるという。李会長は3月の説明会で、「今日の段階では疎結合だが、業務提携の成果が出れば、もっと関係を強めたい」と語っている。

※本コラムは日経コンピュータ2009年4月29日号「再生の針路」に加筆・修正したものです。