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 「人は削減しません」。都内で開かれた「流通・小売り」をテーマにしたイベントで、成城石井の大久保恒夫社長は、こう言い切った。

 大久保社長は「経営改革や会社再生のプロ」として有名だ。かつてイトーヨーカ堂の業務改革にかかわり、営業利益を約250億円から約1000億円に改善した。ユニクロの改革を手がけ、営業利益を約60億円から約1000億円に引き上げた。無印良品は約60億円から約110億円に、九州のドラッグストアチェーン、ドラッグイレブンは約15億円の赤字から約15億円の黒字に転換させた(大久保社長の講演資料から)。

 そして2007年2月、成城石井の社長に就任。8億円まで落ち込んだ営業利益を30億円に押し上げるなど、再建を果たした(同資料から)。

 大久保社長が最も大事にしているのは、「売り場をよくすること」。結果として、財務諸表の改善につながるという。売り場をよくするために、働く人を削減せず、徹底的に教育する。教育には経費も時間もかかるが、気にしない。働く人の質が落ちたら、売り場が悪くなり、それこそ業績は回復しないからだ。

「親切で商品知識の豊かな従業員がいるから、あの店に行く」

 教育に力を入れる大久保社長が最も重視しているのは、マネジメント教育である。どうすれば人を奮い立たせることができるかという観点で、マネジャークラスのレベルアップを図る。次に、従業員に商品知識を身につけさせる。

 成城石井の場合、ワイン、チーズ、生ハムを重視しており、それぞれ講習会を開いているという。例えば、ワインについては、約500人の全従業員に1回当たり2時間の講習会を16回受けさせる。講習会をすべて受けると、計96本のワインを飲むことになるというから、本格的だ。既に200人ほどの従業員がワインの講習会を受けているという。レジの従業員にまで受けさせているから徹底している。

 「お客さんは、店で働いている人なら誰にでも商品のことを聞く。その時にしっかりと答えられるかが重要であり、全従業員の商品知識を増やすことで顧客満足度を高められる」と大久保社長は話す。

 「あの店には、とても親切で商品知識の豊かな従業員がいる。だから買い物に行く」というお客さんが多いという。最近は、厳しい不況の影響で給料が大幅に下がり、より安い価格の商品に目が向けられるようになっている。しかし、顧客は安さだけで物を選んでいるわけではない。

 もちろん、ディスカウント店が増えているのも事実だ。イトーヨーカ堂は、不採算店を中心にディスカウント店「ザ・プライス」に業態転換を進めており、既に10店舗を数える。イオンも、GMS(総合スーパー)の一部を順次ディスカウント店に業態転換するという。

 だが、価格競争にはおのずと限界がある。先日取材したセブン&アイ・ホールディングスの村田紀敏社長も「価格競争は消耗戦だ。消費は二極化しており、こだわりのある商品やサービスと、こだわりの無いものがある。こだわりの無いものは価格競争にさらされるが、こだわりのあるものはそうならない。こだわりのある商品を開発し、見つけ出すことが重要だ。そして、その良さをしっかりと説明すれば、活路は開ける」と話す。

価格を下げても、いずれ売れなくなる

 大久保社長や村田社長の話を聞いて思ったのは、削減することにはおのずと限界があるということだ。価格を下げれば、一時的にものが売れるかもしれない。しかし、需要の先食いをしているにすぎない。

 例えば、ナショナルブランドの醤油が、通常よりもかなり安く売られているとしよう。すると消費者は「安いうちに買っておこう」と思い、一時的に売れるが、いずれ売れなくなるだろう。理由は、安いからといって醤油の消費量が2倍や3倍に増えるわけではないからだ。消費量が増えない以上、ある程度までいったら売れなくなる。

 価格を下げることには限界がある以上、そのほかの方法で消費者の購買意欲をかき立てなければならない。そこで重要になってくるのが、消費者とじかに接する店員による接客だ。

 赤ワインを購入しようとしたときを考えてみよう。店員が丁寧に応対してくれて、最終的に自分の好みに合ったものの中で一番手ごろのワインを薦めてもらえたとすると、「なかなかいい店だな」と思うものだ。そして、家でそのワインを飲んで、おいしかったら、また買おうかなという気になるだろう。

 成城石井が従業員にワインやチーズ、生ハムを中心に、正しい商品知識を身につけさせるというのは、理にかなっている。そのために時間をかけて従業員を教育することは、将来的に消費者を店に引きつける力になる。

 不況の今こそ、接客を見直すべきだ。

 「経営とIT新潮流」サイトでは、国内総生産(GDP)の約7割を占めるサービス産業の活性化を狙って、「サービス・イノベーション推進委員会」というコラムを掲載している。9月3日に公開した同コラムでは、産業技術総合研究所の内藤 耕・サービス工学研究センター次長が「プロが選ぶナンバーワン旅館『加賀屋』のサービス・イノベーションを支える仕組み」と題して書いているが、「加賀屋が提供するサービスの価値はおもてなしを提供する接客にある」とズバリ指摘している。

 とりわけ旅館の場合は、接客が重要になる。それを支えるために、食事を部屋まで届ける「自動搬送システム」を導入したり、お客さんに関する情報を共有するためのIT(情報技術)を駆使したりしている。いずれも、客室係による接客に十分な時間を割けるようにするためだ。もちろん、接客を高めるための教育にも力を入れている。

 接客力を高めるといっても、そう簡単にはいかないだろう。普通の旅館は、どうしても目先のコストを下げようとして、接客係を減らそうとする。しかし、その瞬間に、サービスの質が低下し、お客さんは二度と利用してくれなくなるだろう。人の削減は、最終的に自身の首を絞めることになる。

本当に強い企業しか、人を教育できない

 大不況を乗り切るための突破口は人の削減ではなく、人の教育だ。もっとも教育といっても、どういう人材が必要なのかという根本的な問題を理解していなければ、それこそ時間とお金のムダになってしまう。

 成城石井のように、力を入れたい商品に絞ってその知識を習得させているように、それぞれの店によって教育すべき内容は違ってくるだろう。ここで重要なのは、その店の「売り」や「強み」が何なのかということだ。その強みをより強化するために人を教育するわけであり、経営者は「持ち味」や「強み」をしっかりと把握していなければならない。もしかしたら、この問題が一番難しいのかもしれない。

 大不況は、本当の意味で強い企業をあぶり出す。その企業はその強さを自覚するから、さらに強くなるために人の教育に力を入れる。一方、自分たちの持ち味が何なのか、分からなくなってしまった企業は、人の削減に走るしか打つ手がないのかもしれない。

 なお、ITpro EXPO 2009への事前登録者に配布する「ITpro Magazine 2009年秋号 EXPO版」(10月8日発行予定)に、セブン&アイ・ホールディングスの村田社長のインタビューを掲載する予定だ。そちらも併せてご覧いただきたい。