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 最近、ちょっと心配なことがある。国際会計基準(IFRS)への企業の対応は本当にうまく進むのかという懸念である。

 昨年6月、金融庁の企業会計審議会は「国内上場企業の連結財務諸表に対し、2015年または2016年からIFRSを適用する」というロードマップ(行程表)案を公表した。

 会計基準は売り上げや利益など、企業経営の成否を測る“モノサシ”である。それが大幅に見直されるとあって、ビジネスパーソンの注目度は一気に高まった。企業会計の現場実務を支えるのはERP(統合基幹業務)システムなどのITであるから、IT関係者の関心も膨らんだ。2009年はIFRSが、それまでの会計専門家だけの議論の世界から飛び出し、ビジネスの世界で広く認知されるようになった年と位置付けられるだろう。

 気掛かりなのは、「IFRSの強制適用(アドプション)は早ければ2015年」というスケジュール感がもたらす誤解と、それに伴うリスクである。

「2015年」は“まだまだ先”か

 よく、監査法人やコンサルティング会社が注意を喚起するのは、「仮にIFRSの強制適用が2015年3月期決算になったとしても、IFRSに即した財務諸表の報告年度の開始は2014年4月、さらに報告には投資家の比較材料とするために前年度のデータ提出が義務付けられるので、2013年4月からの対応が求められる。加えて、2013年4月1日時点の開始貸借対照表も用意しなければならない」ということ。強制適用が「2015年3月期決算」であっても、会計実務はそれより2年早い「2013年4月」から本番運用が求められるので、「実はそれほど余裕はない」という指摘である。

 さらに、IFRSの適用を機に、子会社の会計システムの統一や、中核となる総勘定元帳システムの見直しなど、ITシステムの抜本的な改革を目指す企業では、システムの設計・構築に2年程度の期間を見ておく必要もあるだろう。つまり来年2011年には、IFRS移行プロジェクトを本格的にスタートさせるのが望ましいとの見解になる。

 こうした指摘を「コンサルティング会社やITベンダーのビジネストーク」と批判する声もある。しかし、経営戦略を揺るがすであろう、来るべき大変化に向けて、速やかに対応策を打っていくのは、経営手法として間違いではないはずだ。

 懸念は、別のところにある。「IFRSは(2015年に)“強制適用”されてはじめて企業経営に影響を及ぼす」という誤解によって、企業の対応が後手に回るリスクである。

 ほぼ間違いなく、全上場企業の連結財務諸表へのIFRS強制適用は、早くても2015年3月期だろう。また、海外で財務・事業を展開している企業には、2011年3月期決算、つまりこの4月に始まる事業年度からIFRSの任意適用が認められるものの、対応する企業はごく少数にとどまる見通しだ。東京証券取引所が東証上場企業を対象に2009年8~9月に実施したアンケート調査では、強制適用前の任意適用を目指すと回答した企業は、回答企業1416社の4%、56社だけだった。

 では、任意適用を選択しない大半の上場企業は、2015年3月期の強制適用をターゲットにIFRS対応策を練っていけばいいのだろうか。ここに落とし穴がある。

日本基準の衣をまとったIFRSが続々

 金融庁の「強制適用」のロードマップが注目を集めたためにかすんでしまったが、日本は以前から会計基準をIFRSに近づける「コンバージェンス(収れん)」と呼ぶ作業を続けている。2009年4月から強制適用された工事進行基準はその一例だし、2010年4月からの事業年度では資産除去債務の表示、のれんの減損テスト、包括利益の開示なども義務付けられる。

 包括利益の開示では、たとえば、これまで資産として貸借対照表だけに価値が反映されていた企業間の持ち合い株は、時価評価したうえで、その増減が損益計算書にも反映される。損益計算書と包括利益計算書を分けて表示する方式も認められるが、「損益及び包括利益計算書」として統合する場合は、最終行(ボトムライン)の位置を現行の当期純利益に代わって包括利益が占める格好になる。

 日本企業に多い株式持ち合いの意義を問い直す包括利益は、“黒船”としてのIFRSの象徴的な側面として強調されることが多い。だが、2015年のIFRS強制適用を待たずに、包括利益の表示は日本の会計基準に取り込まれる。

 つまりIFRSは、日本基準の衣をまとって、すでに企業経営に影響を与えつつある。任意適用を見送り2015年3月期の強制適用だけを視野に入れている企業の経営幹部は、この事実を今一度かみしめておく必要がある。「IFRSは2015年3月期決算を目指して対応すべき事項」という誤った認識のままでは、今後数年の会計基準の改訂への対応が経理・財務の現場任せになり、経営への重大な影響を見過ごす恐れがある。

 もう一度繰り返そう。2015年3月期だけをターゲットに据えたIFRS対応計画は、財務・組織・IT・取引形態などの見直しスケジュールや、そのための予算措置に関して、日本基準に姿を変えたIFRSに虚を突かれることになりかねない。すべての上場企業とその連結子会社にとって、IFRSへの対応は「中長期の課題」ではなく、「眼前の課題」である。