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 情報システム部の部員が仕事に取り組む姿勢は、IT業界のSEとよく似ている。両者の姿勢が、ある意味でシステム作りの邪魔になっている。IT企業のSEはSEとして、また情シ部の部員も部員として改めるべき点がある。こんなことは誰も言わないと思うが、彼ら彼女らが自分たちの在り方を見直す一つの材料になればと思い、あえて今回これについて言及したい。

 SEについては、これまでITproの当コラムや日経コンピュータで「SEは顧客に信頼されるSEになれ」と詳しく述べきたので、今回は情シ部の部員について述べる。なお、ここで取り上げる部員とは、情シ部の技術系の部員を意味する。

どの点が似ているか

 筆者は以前、日経コンピュータでSEマネージャーやSEの在り方について連載した。内容は主にIT業界のSEの在り方についてのものだが、その中で“情シ部の部員も同じである”という主旨のことも書いた。こんなことを言うと情シ部の方は「冗談じゃない」と異論のある人もいると思う。だが、IT企業のSEと情シ部の両方を経験した筆者には、少なくともそう見える。

 例えば、情シ部の部員は「利用部門は要件も決めない。勉強もしない。無理を言う。IT企業は信頼できない。○○部長はITを知らない」などと仲間内でよく言う。だが、利用部門からは「情シ部は専門用語の難しいことばかり言う。受身だ。理屈っぽい」と評されている。それはあたかもIT企業のSEが「ユーザーはもっと勉強してくれないと困る。無理ばかり言う。営業はIT技術を知らない。無茶を言う」などと言う一方、ユーザーからは「SEは壁を作る。我々の気持ちが分かっていない」などと評され、また営業からも「SEは受身だ、ビジネスに無関心だ、理屈ばかり言う」などと評されているのと同じである。

 全部が全部そうとは言わないが、そんな情シ部やIT企業のSEが日本には少なくない。その点で両者は立場は違っても仕事に取り組む姿勢はよく似ている。読者の方々の意見はどうだろうか。筆者が思うに、両者の共通項は自分たちの殻に閉じこもって閉鎖的であるということだ。そして、いろんな問題を「○○が悪い、△△が分かってくれない」などと他者の責任にしている。

 それで良いのだろうか。両者とも日本の企業のシステム作りの中枢部隊である。彼ら彼女らがこんな状況でシステム作りを効果的・効率的に出来るのだろうか。筆者もこの世界で長年仕事をやってきた。彼ら彼女らはシステムという目に見えないものを相手にした職業ゆえに、その悩みや言いたい気持ちは分かる。だがどちらも周囲のことには目もくれずに、ITという技術の世界に閉じこもって近視眼的に物事を見ているようにしか思えない。そして会社の中の情シ部、IT企業の中でのSEという視点が抜けているように思える。会社の中の情シ部の部員が会社に貢献するのにはどうあるべきか、またSEも会社に貢献するのにはどうあるべきか。その視点が抜けている。自己中心的なのだ。

 そんな両者が一緒にシステム開発や保守などの仕事を行なっている。しかも多くの情シ部の部員やIT企業のSE達は、お互い殻に閉じこもって自分の考えは正しいと思って仕事をしている。

 しかも、情シ部の部員の中にはSEに不信感を持っている人も少なくない。中には体制図の提示や常駐をIT企業に要求する情シ部の部員もいる。またSEを下請け扱いする人もいる。そうした行動は、情シ部の部員がIT企業のSEに対して壁を作ることなる。

 一方、IT企業のSEはSEで、ユーザーの要求をOKすると作業が増えると思ってか気に入らないのか理由はともかく「これは自分達の仕事でない。これはユーザーの仕事だ」と壁を作ったり、腰を引いて仕事をしたりしている。こんな状況でシステム開発や保守が効果的・効率的に出来るだろうか。

 もともと日本の情シ部の人数はアメリカの情シ部の10分の1であると言われている。「日本の情シ部の人数+外注先のSE人数=アメリカの情シ部の人数」なのである。日本の情シ部は自分たちだけではいかに頑張ってもシステム作りが出来ないのが現実である。従って、システム作りを効果的・効率的に行なうには、IT企業のSEと一体となって“一つのゴール”に向かってやるしかないはずだ。それなのに現在の多くのプロジェクトでは、両者は一つのゴールどころではなく、ばらばらである。両者の間には大きな穴が開いており、スケジュールが遅れたり予定以上に金や人がかかったりする。結果として会社や利用部門に迷惑をかける。そんな例は山ほどある。

 情シ部の部員が悪いのか、SEが悪いのか。筆者が見るに、どっちもどっちだ。このことをIT企業のSEはもちろんだが、情シ部の部員も「自分たちは現在のやり方でよいのか、会社にとってどうだろうか」と考えるべきである。そうでないと会社が困る。