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 今回は、英語力の必要性に関して、若きITエンジニアの皆様にアドバイスさせていただきます。あらかじめお断りしておきますが、私は、英検が3級で、TOEICが400点台という、英語ができない典型的な日本人です。これからお話しするのは、自虐ネタですから、どうぞ笑ってください。

英数国理社というくくりがいけない

 小さな町工場を経営していた父は、どうやら海外進出を目指していたようで、40代になってから英語の猛勉強を始めました。NHKの教育テレビの英語講座を、毎日熱心に見ていました。幼き日の私は、テレビのそばが寝床だったので、父がリピートするたどたどしい英語を子守唄のように聞いていました。この講座の中には、英語の歌のコーナーがありました。私は、ビートルズの「イエローサブマリン」や、ペトラ・クラークの「ダウンタウン(邦題:恋のダウンタウン)」などを聞いて、外国への憧れを抱き、英語に興味を持ちました。見知らぬ遠い世界がある。そこへ行くためには、英語ができなくちゃダメなんだ。私の思いは、父と同じでした。

 ところが、あるきっかけで、私は、英語を嫌いになってしまいました。それは、小学2年生から通わされた英語塾です。塾の先生は、受験英語が専門の日本人です。「ディス・イズンタ・ブック(This isn't a book)」「これは、本ではありません」「はい、一緒に言って」こんなこと楽しくありません。「それでは、歌の時間にしましょう」「What is this? What is this? What is this? What? What? What is that? What is that? What is that? What? What?」「これなぁに、これなぁに、これなぁに、なぁに、なぁに。あれなぁに、あれなぁに、あれなぁに、なぁに、なぁに、という意味ですよ。さあ、一緒に歌いましょう」こんな歌が、楽しいはずがありません。

 さらに困ったことに、中学生になると、英語が学問の1つになってしまいました。「英数国理社」と言う言葉があるのですから、英語は、数学や国語と同じレベルの学問なのです。中学生の学問の目的は、テストで良い点を取って、希望する高校に合格することです。私は、テストの問題ができればいいと思っていました。英語を話せるようになりたいとは、まったく思いませんでした。今さら文句を言っても遅いのですが、英語を英数国理社という言葉でくくった日本の教育制度をうらみます。英語は、技術家庭、保健体育、美術、音楽のグループに入れるべきでしょう。英語は、人間の基礎能力の1つとして、人生を豊かにするものだからです(できない私が言っても、説得力がありませんが)。

現場で経験を積んでから学問を学ぶべきだ

 私は、ある大学で「情報工学のすすめ」というタイトルの講義をしています。ITの現場の雰囲気を示し、社会人になる目標を持ってもらうことが目的です。ある日、ホンモノの大学教授と学食で一緒にAランチを食べていたときに、とても興味深い話を聞きました。

教授:矢沢さんは、現場の人でいいですね。
矢沢:なぜ、そう思うのですか?
教授:私がやっている学問は、つまらないものだからです。
矢沢:なぜ、つまらないのですか?
教授:なぜなら、学問は、しょせん…。
矢沢:しょせん、何ですか?
教授:学問は、しょせん物事を整理分類しているだけですから。
矢沢:なるほど、確かにその通りかもしれませんね!

 この話は、2つの点で、実に興味深いものです。1つは「学問は、しょせん物事を整理分類している」ということです。そして、もう1つは「学問は、つまらない」ということです。たびたび文句を言って恐縮ですが、日本の教育制度は、英語を学問にしてしまいました。英語の授業では、英語の読み書きの方法を整理分類したものを教えます。だから、英語はつまらないのです。

 私は、IT企業の新人研修で講師をする際に、この大学教授の話をアレンジして使わせてもらっています。「教材の内容は、開発の現場で使われている様々な技術を整理分類したものだ。実際の開発の現場は、混沌としている。混沌としたものを教えることはできないので、学術的に整理分類してあるのだ。それを納得した上で、学習してほしい」と、若きITエンジニアに伝えています。

 教材で学習すれば、IT関連の認定試験に合格できるでしょう。ただし、バリバリ技術を使いこなせるようにはなれません。技術を使いこなすには、現場で経験を積むしかありません。ただし、現場の経験は、偏ったものとなります。現場の経験を積んだ上で、あらためて学問として整理分類された教材を学習するべきです。それによって、知識を発展させ、よりよく実践できるようになるからです。これは、英語でも同じでしょう。ネイディブな人たちと話す経験を積まなければ、英語ができるようになりません。経験を積んだうえで、あらためて学問として英語を学べば、よりよく実践できるようになるでしょう。