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 会社の後輩が嬉しそうな顔をして一冊の本を持ってきた。表紙を見ると、古風なTTLロジック基板の写真に『超マシン誕生[新訳・新装版]』と印刷してある。「もしかして・・・」と筆者。「そう、とっくに絶版のあの本ですよ。新訳がうちの会社から出たんですよ!」と後輩。おぼろげに若き日の思い出がよみがえってきた。まだ多感だったそのころ、本書を読んで泣いてしまったのである。

Bell研も知らない若者にDGやDECと言って分かるのか

Data General Eclipse MV/8000

 この本の原題は、The Soul of a New Machine。作家のトレイシー・キダー氏が今は亡き米Data General(DG)社のスーパーミニコンピュータ「Eclipse MV/8000」の開発チームに約2年半密着して執筆したドキュメンタリである。米国で1981年に出版され、情報処理関連では珍しくピューリッツア賞を受賞した。

 当時、ニューヨーク・タイムズ紙は、「ハードとソフトの違いも知らなかった評者でも、2進法が絡む謎に満ちたデバッグ作業の全工程が理解できた。本書は興奮させられるテクノロジーサスペンスだ」と評価。ウォールストリート・ジャーナル紙も、「若きエンジニアたちの働きぶりを丹念に明快に描いている。巧みな比喩と周到な工夫を凝らした叙述は、素人をもコンピュータ開発の現場へと招き入れてくれる」と絶賛した。

 しかし「いまどきData GeneralやDECと言って分かりますかね。先日はBell研究所を知らない若者もいましたし・・・」と後輩。「へえ、そうなの。でもこの本、長いこと行方不明なんだよね」と筆者。「そりゃ、きっとボクが借りっぱなしなんですよ」と後輩。なんだ、そうだったのか。

 Data General社は、1970年代から80年代にかけ、コンピュータ業界の“ダース・ベイダー”とも呼ばれたミニコン専業メーカー。エドソン・デ・カストロ氏が1968年に米マサチューセッツ州ウエストボローに設立した。同氏は、米Digital Equipment社(DEC)でミニコンPDP-8の設計チームのリーダーを務めた人物。“紳士”と称されたDECとは対照的に、ライバル企業に手段を選ばない競争をしかけ、創業からわずか10年でFortune 500の番付に載った高収益企業である。

ミニコンとマイコン、そしてメインフレームの違い

 1970年代末、コンピュータ分野は大きく三つの市場に分かれていた。IBMをはじめとするメインフレーマーは、コンピュータの開発・製造そのものよりも、顧客への販売や手厚いサービスに多額の資金を投じた。一方、マイコンメーカーは、資金の大半を製造に注ぎ込み、広く量販することに没頭していた。ミニコンメーカーは、このどちらとも少しずつ違っていた。ある程度、ユーザーに製品とサービスを提供する一方、OEM製品を量産して大規模な取り引きを展開していた。

 ミニコンとメインフレームの違いは、処理形態にもあった。パンチカードの塊を次々に放り込むバッチ処理中心のメインフレームに対し、ミニコンではディスプレイ端末の前に座って対話形式でプログラミングやリアルタイム処理を実行する。

Data General Nova model 01

 当時、学生だった筆者は、大学で富士通のメインフレームFACOM 230-38を使い、アルバイト先でData General社の初期のミニコン「Nova」を使っていた。当然、マシンを独占して自由自在に操作できるという点でNovaにぞっこんだった。共立出版の情報処理専門誌『bit』で大学教授たちが喧伝していた「インタラクティブ」とは、なるほどこういうことかと理解できた。そしてついにある日、Novaの上位機である16ビットEclipseを見てしまった。その洗練されたデザインにウットリとし、2001年宇宙の旅を感じた。

DEC VAX-11/780

 こうしたなか、DECが1978年に投入した32ビットミニコン「VAX-11/780」を契機に、「スーパーミニ」ブームが到来した。当時、Data General社は16ビット機しか販売しておらず、32ビット機はまだ開発していなかった。Eclipseの後継で早期にVAX対抗機を開発する必要に迫られていた。

 そこで本書の主役、トム・ウエスト氏をボスとする開発チームが活躍する。ある日、ウエスト氏は犯罪すれすれの行動に出る。こともあろうにVAX設置作業中の部屋に、素知らぬ顔で入り込み、27枚ものボードを片っ端から引き抜いて綿密に調べたのだ。そして、主要ハードウエアの原価をはじき出すとともに、VAXの構造が複雑すぎるとの結論に至った。