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 2000年代の前半くらいだったろうか。国内の電機産業では「パソコンはマイクロソフトとインテルにやられた。来るべき携帯電話の時代は、同じ轍を踏んではならない」といった議論が盛んだった。また、筆者の記憶が正しければ、当時「N503i」などのヒットで携帯電話の国内シェア1位だったNECは「携帯電話のOSにLinuxを採用して、世界シェア3位を目指す」と宣言していた。

 しかし現実はどうなったのか。もはや言うまでもない。携帯電話はスマートフォンに置き換わりつつあり、そのスマートフォンはiOS(iPhone)とAndroidに牛耳られている。結局、同じ轍を踏んでしまった。CPUもARM一色だ。この頃は電子書籍ビューアや携帯型ゲーム機、ひょっとするとコンパクトデジタルカメラでもまた同じ轍を踏みそうな状況である。

 NHKがソフトウエアをテーマとしたドキュメンタリー番組「新・電子立国」を放送したのは1995~1996年。Windows 95とインターネットが世界を席巻し始めた時期だ。少なくともこの頃から「これからはソフトウエアの時代」という言葉を耳にタコができるくらい聞いた。ところが今日の状況を見ると、日本の大手電機メーカーにはいまだソフトウエアの時代が到来していないのではないか、と思わざるを得ない。

 ソニー、パナソニック、シャープ、NECといった、かつて栄華を誇った電機メーカーが赤字に苦しんでいる。いろいろな見方があるだろうが、その最も大きな原因の一つは「ソフトウエア開発、言い換えればプログラマを軽視したからだ」と筆者は考えている。これらの企業の経営者はソフトウエア開発者というものをわかっていないのではないだろうか。

 特に“ハッカー”と呼ばれる最上級のプログラマは、技術者というよりも数学者かアーティスト、あるいはプロのスポーツ選手に近い。素晴らしく効率が良く、美しいコードを短い時間で書き上げる。彼らは凡人がどれだけ努力しても到達できない領域でプログラミングをしている。1人の最上級プログラマの価値は、凡人プログラマ100人分以上に相当するのである。

 最上級のプログラマは数学者かアーティストかプロのスポーツ選手に近い存在なのだから、早熟な人も多く、若くても高い能力を発揮する。当然、給与も石川遼選手並みとはいかなくても、年功序列などではなく、十分な高給を支払ってしかるべきだ。要するに特別扱いしなければならない。

 このようなことは、ここで書くまでもなくプログラマの間では常識だ。だから、少し前に話題を呼んだグリーやDeNAの新卒年収最大1500万円や最大1000万円という額に、ガチャ商法には唖然・愕然としている筆者もまったく驚きはしなかった。両社の経営陣は最上級のプログラマの価値を正しく認識しているだけなのだ。

 Facebook上場の熱狂を見れば明らかなように、ソフトウエアの時代はまだまだ続く。超高給で最上級プログラマを雇う覚悟のある会社だけが、勝者となるだろう。新卒年収1500万円は当たり前なのだ。