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 こう書くと反論が来るかもしれないので付け加えると、ここで言っている品質は外から見えるものである。情報システムが止まってしまったり、計算を間違えたりすると、それだけでニュースになるが、逆に言えばほとんどのシステムは正常に動いており、正しい計算をしている。そのシステムを支えているプログラムは、ひょっとすると冗長で入り組んでおり保守に手間がかかる、いわゆる“汚い”プログラムかもしれない。だからといって動いているプログラムを指して質が悪いと決め付けるわけにはいかない。

 多段階の下請け構造とか、ユーザーからベンダーへの丸投げとか、散々な言われようの開発と運用の現場ではあるが、日本の技術者はいったん現場に集められると力を合わせて仕事に取り組む。技術者の7割は外にいるといっても、雇用していないだけであり、大手ユーザーのコンピュータセンターには社員ではないが毎日通ってくる技術者が沢山いる。契約は請負だったり、多段階発注だったりしても、実態を見れば全員が“内”にいて開発し、運用していると言ってよい。

 「ソフトウエアは目に見えない」としばしば指摘されるが、それは経営者や利用部門の人が言うのであって、現場の技術者たちの目には狭義のソフトウエア(プログラム)がしっかり見えている。だからこそ、日本の情報システムは開発され、保守され、動き続けているわけだ。

 以前どこかに書いた気がするが、NECの経営幹部が10数年前、「マイクロソフトはWindowsの開発を我々に任せてくれませんかねえ。はるかに性能が良く、バグが少ないWindowsを作って見せますが」と真顔で話していた。クライアントOSはともかく、サーバーOSとしてのWindowsであれば、メインフレームのOSを作り、維持してきた往年のNECや富士通、日立製作所なら作れただろう。狭義のソフトウエアに日本勢は結構強いのである。

「目に見えないもの」にどう取り組むか

 そうであるなら「ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国」などと、日本に問題があるかのような題名を付けるのはいかがなものか、という指摘が出そうだ。だが、題名のソフトを広義のそれだとすると残念ながら大きな問題がある。改めて「広義のソフトウエア」について考えてみよう。

 「ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国」における「ソフト」を次に列挙する言葉に入れ替えてみていただきたい。コンセプト、ビジョン、グランドデザイン、マスタープラン、ブランド、ストラテジー、フレームワーク、アーキテクチャ。またしても片仮名表記が続いて申し訳ない。