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御宿哲也(みしく・てつや)

飯沼総合法律事務所 弁護士

1965年静岡市生まれ。1989年に中央大学法学部を卒業後、1993年弁護士登録。2002年9月から2005年3月まで中央大学兼任講師。総務省「公共ITにおけるアウトソーシングに関するガイドライン研究会」メンバー。ASPインダストリ・ジャパンの法律顧問として弁護士の立場から電子自治体のアウトソーシング契約の条項などへの助言や、JEITA(電子情報技術産業協会)におけるSLA設定のガイドラインの作成及びその際締結すべき契約形態の提言なども行っている。

 自治体に限ったことではありませんが、一般的に情報システムに関する契約締結交渉、契約書作成の重要性について、開発委託者側の認識は必ずしも高くないように見えます。契約条項の随所に「適宜協議により決定する」という文言が使用されているのが一例です。中には、損害賠償についても「協議して決定する」とされている契約書も見られるほどです。もちろん、相互の信頼を前提として契約関係に入る以上は協議(話し合い)で解決するという姿勢は大事です。しかし、「協議して決定する」というのは、事前には何ら権利関係が決まっていないのと同じです。契約書を作成するにあたっては、将来起こりうる事態や状況をでき得る限り想定・予測して条項を起案するという態度が必要になります。

 電子自治体アウトソーシングは、通常の業務委託よりも規定すべき事項、配慮すべき事柄が多くあると言えます。「アウトソーシング」とは、自己の業務を外部(第三者)に委託することであり、いわゆる業務委託契約の一種として、民法の典型契約(委任契約、請負契約といった民法に規定されている契約形態)ではなく、解釈上、民法の委任や請負の規定が準用される混合契約(複数の典型契約の要素を含む契約形態)であると解されます。

 アウトソーシングは、本来該当業務の専門家に業務管理自体を任せることを目的とするため、業務遂行上、受託者(ベンダー)が善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)をもって事務処理にあたることが要求されるの当然のことです。とはいえ、原則として委託者(自治体)の指揮命令には服さないことになりますので、委託者としては受託者の業務遂行をどのように管理・把握するか注意を払う必要があります。

 また、一般的に業務委託契約は、受託業務の第三者への再委託については、事前に委託者の承諾を要するなどの要件を付し禁止していますが、電子自治体のアウトソーシングの場合は、高度かつ広汎な業務を1社の受託者のみで処理することは困難と解されますので、再委託は不可避になると思われます。そこで、委託者としては再委託されることを前提として、再委託先の選定の基準や再委託先の管理・監督の方法、再委託先から求める報告事項の内容等を予め定めておく必要があるでしょう。

 さらに、委託者側が複数ある(共同アウトソーシングの)場合には、単独で委託する場合に比べ、受託者や再委託先の業務遂行の管理・監督が疎かになる危険性があります。このため、誰が、どのような方法で管理監督し、その結果を誰にどのような方法で報告するかということまで決めておく必要があります。

■事前に必要事項を正確に伝えなければ、システム不具合の責任を問えない可能性も

 電子自治体アウトソーシングの場合、既存のソフトウエアでは対応が困難なため、新規に開発を行うケースも想定されます。この場合、開発受託者は、専門家である以上、システム構築における当該業務内容に必要な事項を聴取し、その結果に基づき最適なシステムを構築すべき義務があります。しかし一方、開発委託者の自治体も自己の業務の内容等ベンダーがシステムを構築する上で必要とされる事項について、正確な情報を提供すべき信義則上の義務があると裁判例では解されています。つまり、開発されたソフトウエアが自治体の希望していた仕様に合致しなかったとしても、正確かつ必要な情報を十分に提供していなかったという場合にはベンダーの責任を問えないケースも出てくる可能性があるわけです。要は、専門家に任せたのだから業務フローに沿ったソフトウエアを作ってくれるだろうという態度は禁物ということです。

 前記のソフトウエアの開発にあたっては、プログラムに不具合が生じることは不可避であり、これらは納品及び検収等の過程における補修が当然に予定されています。そこで、ソフトに不具合があったからといって、直ちにシステム全体に瑕疵(通常備えるべき性能に達していない欠陥があること)があったとは判断されず、受託者が遅滞なく補修を終えるか、あるいは委託者と協議した上で相当な代替措置を講じたと認められるときはシステムの瑕疵には当たらないという裁判例の考え方があります。このように瑕疵に当たらないとなれば、契約解除はもちろん、損害賠償の請求もできないわけですから、委託者としては納品・検収またはその後の運用過程において不具合の修正があり得ることを前提に、その間の業務遅延にどのように対処するかを準備しなければなりません。

 この点、SLA(サービスレベルアグリーメント)を設定し、あるサービスを一定の水準(数値)以上に保つことを保証させ、それに達しない場合には、それが瑕疵に起因しているか、受託者の故意過失に基づくか否かという考慮なしに、一定の制裁(ペナルティ)を課すことにするというのも対策の一つになると考えられます(逆に、SLAにおいてサービスが一定の水準をクリアした場合には受託者にボーナスを与えるという発想もあります)。

 もちろん、両者がSLAを設定している場合も、自治体が正確かつ必要な情報を十分に提供していない場合には、もし希望した仕様とおりのソフトウエアが開発できなかったとしても、ベンダーの責任を問えないケースが出て来ると考えられます。ただし、SLAを設定する場合には、必然的にその前提条件が事前に十分に討議されるため、このような弊害は少なくなるはずです。

 一般的には、このSLAをアウトソーシング契約に導入している契約例はそれほど多くないと思われます。その要因としては遵守すべきサービスレベルを厳しくすれば、その分コストに反映することになるためユーザー側が導入に躊躇すること、SLA導入のためのプロセスに困難な面があることなど考えられます。

 こうした視点は契約業務におけるチェックポイントの一例に過ぎません。開発委託者は、汎用的な業務委託契約をそのまま採用するのではなく、委託する業務の種類等に応じて詳細な規定を策定する必要があると考えるべきです。自治体の業務は、とりわけ日常生活に及ぼす影響が大きく、また、取り扱う情報も、病歴、納税額などの高度かつデリケートな個人情報を多数含んでいます。契約書の作成作業は非常に重要であるという認識は、自治体にとって不可欠といえるでしょう。