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企業全体にわたって業務とシステムの最適化を図る「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」。全体最適の概念が象徴的に表れるEAを学ぶことは,ITアーキテクトの考え方を知るうえでも大いに役立つ。モデル化だけでなく,システムを“あるべき姿”に近づける仕組みやプロセスの理解が重要だ。

 国内のIT業界で,アーキテクチャの概念やアーキテクトという職種が広く認知されるようになったきっかけの1つが,「エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)」を巡る最近の動きであろう。2001年から2003年ころ,東京三菱銀行や松下電器産業といった大手企業,あるいは経済産業省を中心とする中央省庁が相次いでEA策定の取り組みを開始。ITベンダー各社もユーザー企業のEA策定を支援するサービスを提供し始めた。

 本講座では,企業情報システムの「全体最適」を実現するEAを取り上げる。

 Part1はEAの基本的な概念を紹介してから,企業がEAを策定するために何をすべきかを定めた枠組み(フレームワーク)をIBMの方法論に基づいて解説する。エンジニアにとってEAを理解することは,全体最適の考え方や実践方法を学ぶうえで極めて重要であることが分かるだろう。

“個別最適”が限界に

 1980年代の後半以降,クライアント/サーバー・システムやWebシステムの登場に象徴されるように,企業情報システムが急速に多様化・複雑化してきた。ビジネスのスピードが増すにつれて短期開発への要求も高まり,構築するシステムが“個別最適”になりがちになっている。長年にわたって個々の業務ごとにシステムを構築してきた結果,同じ内容のデータが散在して互いに整合性がとれない,使用する技術が異なるためシステム連携ができない,といったことが多くの企業で実際に起きている。

 このような状況で新たにシステムを構築し,全体最適を実現しようとすると,これまで個別最適で構築してきた既存システムに修正を施さざるを得ない。そうなると,ちょっとした新規システムの構築にもコストや時間がかかることになる。すべてのシステムを網羅したデータの一貫性確保やセキュリティの維持などは望むべくもない。EAの策定は,こうした問題を解決する有効な手段として注目されている。

 それだけではない。企業は市場での競争優位や,顧客に提供する価値の創造といったビジネス戦略を実現するためにIT戦略を立案し,システムを構築する必要がある。EAの策定では,こうしたビジネス戦略とIT戦略を結び付け,個々のシステムをデザインする際に従うべき規範や,業務とシステムの“あるべき姿”に到達するためのプロセスを定めることで全体最適化を図る(図1)。

図1●エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)の位置づけ<br>EAは,企業全体の「戦略」を実現するための「計画」であると同時に,個々のシステムを設計・開発するための基準(入力情報)となる
図1●エンタープライズ・アーキテクチャ(EA)の位置づけ
EAは,企業全体の「戦略」を実現するための「計画」であると同時に,個々のシステムを設計・開発するための基準(入力情報)となる
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 また,企業全体にかかわる業務プロセスやデータに対して,これから構築するシステムで扱う業務プロセスやデータがどのような位置づけなのかを確認することも,EAの策定の重要な目的である。さらに,新システムに採用する技術や製品の妥当性を,「今後の主流になるか」,「システムのライフサイクル全般にわたって陳腐化しないか」,「全社の標準に従っているか」といった観点から確認できる。

4つのアーキテクチャで構成

 実はEAの定義にも様々なものがある。一般には,企業全体の業務とシステムをモデル化したアーキテクチャ(以下,アーキテクチャ・モデル)だけでなく,アーキテクチャを管理するための仕組み,業務とシステムの現状から“あるべき姿”への移行計画,企業のビジネス戦略と個々のシステムの目的を一致させる,いわゆるITガバナンスの仕組みなどをすべて含めてEAと呼ぶことが多い。

 中央省庁が取り組んでいる業務・システム最適化計画を例に説明しよう(図2)。アーキテクチャ・モデルは,ビジネス・アーキテクチャ(BA:政策・業務体系),アプリケーション・アーキテクチャ(AA:適用処理体系),データ・アーキテクチャ(DA:データ体系),そしてテクノロジ・アーキテクチャ(TA:技術体系)の4つに大別できる(前出の図1では,AA,DA,TAの3つをまとめて「ITアーキテクチャ」と総称している)。

図2●典型的なエンタープライズ・アーキテクチャの構成
図2●典型的なエンタープライズ・アーキテクチャの構成

 BAは,企業全体の組織構造や役割などを定義し,そのうえで業務プロセスや情報をモデル化したもの。現在および将来のビジネス内容を反映した,企業のビジネスそのものの“設計図”である。これがIT投資を決断する際のガイドとなる。

 AAは,業務プロセスを支援するシステムの機能と,その実現能力を定義したもの。これにより,どのようにビジネスを実現するのかを記述する。簡単に言えば,システムの役割と機能を業務の視点からまとめたものだ。

 DAは,データとその属性情報のプロファイルを定義したもの。データの再利用性やセキュリティ,品質といった,多様な意味を記述する。それぞれのデータがどこで発生し,どう処理され,いつ消去されるのか,といったことも明らかにする。

 TAは,情報システムを将来にわたって安定的に構築・運用・拡張するために必要なIT基盤を定義したもの。具体的には,求められる性能やセキュリティ要件,標準化動向,技術の将来性などから,企業全体の“技術標準”を設定する。これが,新たに採用する技術や製品が全体最適に合致しているかどうかの評価基準になる。新しいニーズに適応するために新技術を標準に追加するなど,EAの内容を変更するきっかけにもなる。