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「ストック」と「フロー」。会計の基本は,この2つの視点で企業の経営状態を知り,知らせることにある。ここでは架空の露天商の事業を通じて,ストックとフローとは何か,なぜ必要なのか,どうやって計算するのかを見ていく。

 フリーのプログラマである田中氏が指輪の露天商を始めたきっかけは,ちょうど仕事がなかったときに友人が話を持ちかけてきたことだ。友人宅の近所にオープンしたライブハウスが連日大入りだという。その人気が続くことを当て込んで,駅からライブハウスへ向かう路上で指輪の露天商をしないかという誘いだった。

 友人はすでに,その路上で腕時計の露天商をしていた。ライブハウスの開場に合わせて19時から3時間ほど営業するだけで,毎日1万円ほど儲かるという。田中氏は半信半疑だったが,数万円の元手で始められるというので,気軽に挑戦してみることにした。

 開店に当たって,商品を陳列する台は友人が無償で貸してくれた。必要なのは商品の仕入れ(以下,仕入と略す)である。なるべく多く指輪を並べたほうが道行く人にアピールできるので,最初から80種類を扱うことに決め,1種類につき2個ずつ仕入れることにした。

 卸からの仕入値は1個500円なので,最初の資金として8万円(80種類×2個×500円)を用意しなければならない。あいにく海外旅行をしたばかりで貯金が4万円しかなく,残りの4万円は母親に借りた。

 翌日はいよいよ営業開始である。売り値は友人と相談して,1個1000円に決めた。1個売れるたびに500円が儲けになる。

 初日から売れ行きはまずまずで,10個の指輪が売れた。売上は1万円,儲けは5000円だ。2日目以降も,そんな調子だった。並べる指輪が少ないと売れ行きが落ちるので,田中氏はその日に売れた分の商品を毎日,営業後に仕入れた。つまり仕入を終えると,毎日の儲けが手元に残る。

 4日目の営業終了後,田中氏は指輪の品ぞろえを少し増やすことにした。4日目までに手元に残った現金2万円を投じて,新たに20種類の指輪を2個ずつ増やした。

 取扱商品を100種類に増やしたことで売れ行きが伸びると期待したが,結果は空振りだった。販売数は5日目以降も1日当たり10個と,以前と変わらなかった。

売上と利益だけでは見えない

 「儲けは出ているようだからいいけど,商品を増やしたのは失敗だったかな?」。こう考えた田中氏は,10日目の営業を終えた時点で自分の事業を検証してみることにした。大学時代は決して勉強熱心な方ではなかったが,一応は商学部卒。多少の経営の心得はある。

 まず気になったのは,いくら売れてどれだけ儲かったかだ。10日間で売れた指輪は,合計でちょうど100個。売上は10万円である。仕入値は1個500円だから売れた100個の合計で5万円。売上から引くと残りは5万円になる。これが10日間の儲けである。

 田中氏は「仕事量の割にはいい商売だ」と思った。が,すぐに不安が頭をもたげてきた。目の前に指輪が200個ある。「もし突然ライブハウスが営業を停止して指輪が売れなくなったら,どれだけの損失を被るだろうか」。親には,来月には借金を返すと約束している。自分のわずかな貯金は商売に使ってしまった。それらはいつ,回収できるのだろうか。

 単純に10日間で5万円儲かったなどと,喜んでいる場合ではないことに気づいた。財産と借入金の状態をチェックしなければ,事業の状態を把握したことにはならない。

財産や借入金がストック

 この田中氏の不安こそが,ストックとフローという2つの視点が不可欠だという理由である。田中氏が最初にチェックしたのは,10日間での売上10万円と利益5万円だ(図1の右)。これがフローであり,一定期間における変化を表す。しかしフローだけでは資金にどれだけの余裕があるのか,出資額に見合う利益が上がっているのか,借入金はいくらか,といったことがまったく分からない。

図1●事業の状況を把握するために作成したストックとフローの情報
図1●事業の状況を把握するために作成したストックとフローの情報
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 この財産や借入金のような情報が,ストックである。フローが変化を表すのに対して,ストックはある時点における経営の状態を示す。

 では田中氏の事業におけるストックを見てみよう。営業10日目が終了した時点の田中氏の財産は,現金3万円と指輪200個だ。指輪200個のままではストックを計算できないから,お金の価値に換算する。仕入値の500円を用いると,指輪200個は10万円相当になる。

 一方の借金としては,親から借りた4万円がある。さらに営業を始める時に,自分で持ち出した4万円を仕入に使った。

 自分で持ち出したお金は自分に対する借金のようなものだから,親からの借金と合わせてみる(図1における真ん中の「借入金は?」を参照)。これは事業のために調達したお金の出どころを表している。整理すると,事業に投じた資金は8万円。そのうち4万円が純粋な借金である。

 このストックの情報は,経営判断を下す際に不可欠だ。万一,ライブハウスが閉店するとしても,1日当たり5000円の儲けを得ているから,4万円の借金は8日間で返済できる。さらに8日間で自分の出資金4万円を回収できる。事前に閉店するという情報を把握できれば,それほど問題なく回収できるから,改めて効率のいい事業であることが分かる。