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1つのコアに演算、メモリ、通信を集積

 今回IBMが開発したチップは、データ処理の最小単位となるコアを1チップに4096個実装した。それぞれのコアが演算回路、メモリー、コア間通信用のルーターなどを備える。ニューロン間の結合の強さなどのパラメータは、すべてコア内のメモリーに保存し、外部メモリーには出さない。つまり、一般的なコンピュータのプログラムに相当する情報が、コアの中に封じ込められているわけだ。

 各コアは、ニューロン256個、シナプス26万2144個の機能を再現する。ニューロンの振る舞いは23のパラメータで調整でき、「単純なニューロンモデルから、極めて複雑なモデルまで再現できる」(リスク氏)。コアはチップ内でメッシュ状に並んでおり、さらにチップ自体をタイル状に並べることで、全体のニューロン数を柔軟に増やすことができる(写真4)。IBMは既に、16個のチップを1枚のボードに並べ、1600万ニューロンと40億シナプスを備えたシステムを試作済みだ。

写真4●演算、メモリー、通信機能を備えたコア(図中の正方形)はメッシュ状に配置され、各コアに備わる通信用回路が、離れたニューロン同士の結合を仲介する
写真4●演算、メモリー、通信機能を備えたコア(図中の正方形)はメッシュ状に配置され、各コアに備わる通信用回路が、離れたニューロン同士の結合を仲介する
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 TrueNorthにはもう一つ、脳神経回路の働きを模した特徴がある。クロック信号に依存しない「イベント駆動型」の回路である点だ。

 一般的なプロセッサが採用する「同期型回路」では、チップ全体にクロック信号を流し、全ての演算をクロックに合わせて実行する。これに対してイベント駆動型では、信号の入力を受けた回路だけが起動し、情報を処理する。必要な回路しか駆動せず、チップ全体にクロック信号を流す必要もないため、省電力化しやすい。これは、隣接するニューロンの発火が周囲のニューロンの発火を呼び起こす、脳神経回路の動作原理に近い。

 実際には、TrueNorthチップの動作周波数は1kHz、つまり1msごとにクロック信号を流している。これは、入力した画像、音声、センサ情報の処理を、全ニューロンについて1ms以内に処理を終えることを意味する。「脳の入力信号に対する処理速度と同じくらいの早さとして1msに設定した」(リスク氏)。

チップの背後に巨大スーパーコンピュータ

 前述のように、TrueNorthチップには、それ自身は学習機能は持たないという弱点がある。このためIBMは、TrueNorthチップに組み込むニューラルネットを学習させるため、米ローレンスリバモア国立研究所が持つ「Sequoia」などのスパコンを活用している。つまりTrueNorthチップの性能の背後には、世界最大級の巨大スパコンが控えているのだ。

 IBMが参加するSyNAPSEプロジェクトは長期的なゴールとして、100億ニューロン、100兆シナプスを再現するシステムの開発を目指す。消費電力は1000W、体積は2リットル以下。消費エネルギー数十ワットとされる人間の脳にはまだかなわないが、その背中がかすかに見えるような目標値だ。開発したチップは、公衆安全、視覚障害者向けの視覚アシスト、健康モニタリング、自動運転などに応用できるという。