PR

 日本の人口は2008年にピークを迎え、すでに減少局面に入っている。この縮小過程で予想される様々な痛みをどう乗り越えるかは切実な課題だ。経済成長に勝る解決策はなく、日本人一人ひとりの付加価値の向上が欠かせない。それには、日本文化とブランドの向上、日本人の機能向上、国内に付加価値が残る成長産業、という3つの要素を掛け合わせることが必要だ。

 今年2月、中東のアブダビを訪れてフランスのブランド構築の巧みさに感心した。フランスは石油権益を得る一環として、2006年にソルボンヌ大学アブダビ分校を開校、2015年にはアブダビ・ルーブル美術館を開設し、文化やライフスタイル、ブランドを売り込んでいる。それにひきかえ、日本はモノを売り込む発想になりがちで、強みを活かし切っていない。

 もちろん、日本もブランドや文化をアピールし、官民挙げて売り込みに力を入れているが、フランスを見習い、その上位にある「日本への憧れ」を醸成する必要がある。例えば、日本の所得倍増のノウハウは新興国にとって垂涎の的だ。新興国市場が大きくなれば、その果実はやがて日本に返ってくる。

パソコンやタブレットで手話通訳サービスが便利に

野村総合研究所 理事長 谷川 史郎 氏
野村総合研究所 理事長 谷川 史郎 氏

 次に日本人の機能向上について、議論の糸口として手話通訳サービスを提供するシュアールグループを紹介したい。手話通訳を必要とするとき、事前にボランティアに依頼するが、困るのは「歯医者の予約をキャンセルしたい」といった急な用件のときだ。シュアールはコールセンターに手話通訳者を配置し、パソコンやタブレットなどを通していつでも手軽にサービスを提供する。

 シュアール代表の大木洵人氏によると、日本は欧米に比べ10年以上遅れているという。米国では、国民に等しく通信サービスを提供するユニバーサルサービス基金が6000億円に上り、その一環として耳の不自由な人向けのリレー通信を実施する。これに対し、日本の基金はわずか150億円。その使途は過疎地の通信インフラ維持などの狭い領域に限られている。

 日本では個人の能力向上は本人の努力次第と考える傾向が強い。欧米が公共の役割として個人の能力アップに取り組んでいるのだから、日本との差は拡大せざるを得ない。

 ユニバーサルサービス基金だけでなく、教育施策など様々な側面で欧米諸国には個人をサポートする積極的な姿勢がみられる。日本でも公と私の役割分担の議論、公的サービスを再定義する時期が到来している。

図 日本人「一人ひとり」の付加価値を上げる
図 日本人「一人ひとり」の付加価値を上げる
[画像のクリックで拡大表示]

期待の原子力発電所の建設、日本に残る付加価値はわずか

 最後に、国内に付加価値が残る成長産業について考えてみたい。原子力発電所はその1つとして、政府が輸出拡大に力を入れる。1基の建設費は3000億円に上るが、その多くは鉄筋コンクリートと電線に費やされる。日本から輸出される部材は1~2割にすぎず、国内に残る付加価値は大きくない。

 頭脳労働も付加価値が国内に残る産業として期待を集めるが、必ずしもそういえない。インドの大手ITサービス企業にとって最大の顧客は欧米金融機関だったが、最近、自動車のCAD設計、マーケティングデータ分析などの受託に乗り出している。頭脳労働についても先進国からインドに移転しつつある。

 では、日本の強みが生かせる分野はどこにあるのか。私は日本人ならではの強みの1つとして視覚、聴覚、味覚に代表される独特の感性を挙げたい。日本人は四季に敏感で、赤色を表す表現は200に及ぶという。これは日本人のDNAに刻まれている強みだ。マンガやアニメは世界各国で人気を呼び、様々な言語に翻訳されているのもそれが評価されている証左だと思う。

 この感性と先端技術を掛け合わせれば、他国が容易に追い付けない価値を創出できる。徳島県にある日本で2番目に大きい大塚国際美術館はその好例だ。世界の名画を陶板に焼き付け、実物大で再現する。3240円という高めの入場料にもかかわらず、年間23万人の入場者を集めている。

 日本人自身が気付いていない強みはほかにもある。バチカン図書館の文献デジタル化プロジェクトを日本企業が受注した。バチカン市国と日本の友好関係はもちろん、技術力も評価されたが、思いがけない話を耳にした。世界的にみて日本は宗教に最も寛容な国という。このプロジェクトにはグーグルやアマゾンも無償で参加を表明したといわれる。

 その真偽はともかく、日本人自身が気付かない強みが外から見えることがある。外部の知恵も借りながら日本の優位性を考え直してみる必要性を痛感している。