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 内閣府の「選択する未来」委員会の委員を務めている。以前、委員の間で「イノベーションの日本語訳を間違えたのではないか」という話があった。イノベーションは技術革新ともっぱら訳されているが、テクノロジーはイノベーションを起こすものの1つにすぎない。イノベーションとは、仕事のやり方、サービスの仕組みを変えることで、これらすべてをイノベーションと訳すべきだという議論になっている。

マーケティング軽視の日本、営業せずに売れる仕組みを

ネットイヤーグループ 代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代 氏
ネットイヤーグループ 代表取締役社長 兼 CEO 石黒 不二代 氏

 イノベーションは今後の日本の成長のカギを握る。そのイノベーションを起こすために、日本が変えなければならないことがある。それはマーケティングの重視とホワイトカラーの生産性の向上だ。裏返せば、日本企業はマーケティングが不在で、ホワイトカラーの生産性は低い。米国に10年間滞在し、日本に帰国した際、私はこの2つのことに違和感を覚えた。

 マーケティングとは、営業活動をしなくても売れる仕組みの構築だ。売り上げを伸ばすために営業力を強化しているのであれば、マーケティングにも取り組めば収益は飛躍的に向上する。しかし、日本では今でも営業力に優れた企業が強い。極寒のアラスカで氷を売るような営業活動を褒め称える風潮がある。

 マーケティングで最も重要なのは、お客様を知り、お付き合いのシナリオをつくることだ。20年前なら顔の見えない消費者に対し画一的な情報を提供するしか術はなかったが、インターネットの普及で状況は大きく変わった。ビッグデータという言葉が象徴しているように、消費者が受け取る情報量はこの10年間で500倍に増えた。画一的な情報提供では、消費者は納得しない。

 爆発的に増えた情報の中には、消費者の行動の痕跡もある。Webサイトのログやソーシャルネットのつぶやきなどから購買前の消費者一人ひとりの行動を把握できるようになった。これはマーケティング担当者が喉から手が出るほど欲しかった情報だ。消費者が欲しいモノを把握したうえで、必要な人に必要な情報を提供する仕組みを構築するデジタルマーケティングの時代が到来した。

従来のマーケティングの限界、購買後の顧客動向だけを把握

 従来のマーケティングでは、購買履歴や顧客データといった構造化データだけしか扱えず、購買後の顧客動向だけをとらえていた。しかし、デジタルマーケティングでは検索ワードやソーシャルネット上のテキストデータといった非構造化データを分析することで、今までアンケートやインタビューによって把握するしかなかった購買前の情報が容易に手に入るようになった。

 一例を挙げれば、社内にある購買履歴をソーシャルネットのつぶやきと連携させると、これまで全く把握できなかった顧客の姿が見えてくる。婦人服しか購入していない顧客がソーシャルネット上で雑貨のことを盛んにつぶやいていたとすれば、メールやWebサイトで雑貨をレコメンドすれば新たな購買に結び付く可能性が高い。これまで不可能だった購買前から消費者との関係構築に取り組めることによるインパクトは決して小さくない。マーケティングの革命と呼んでよいほど大きな影響を及ぼす。

 私が違和感を覚えたもう1つのホワイトカラーの生産性の低さは、調査でも明らかだ。カンバン方式を独自に編み出すなど日本企業は生産性が高いと思われがちだが、実はそうではない。ホワイトカラーの生産性は低く、経済協力開発機構(OECD)に加盟する34カ国の中で日本は19位にすぎない。主要7カ国の中では18年連続最下位に位置している。日本企業はコスト削減には強い興味を抱くが、生産性の向上には関心を示さない傾向にある。生産性の向上にもっと目を向けるべきだ。

 ホワイトカラーの生産性が低い最大の要因は、たくさんの時間を雑務に取られていることにある。交通費の精算はその最たるものだ。過去のカレンダーや手帳を見ながら、運賃を調べるため毎月1時間は費やしている。こうした状況を改善するには、日常業務をできるだけITに任せることだ。

ITの活用で交通費精算は数分、月1時間にかける人数分が向上

 ITを導入し、高い生産性を実現した企業をスマートエンタープライズと私は名付けている。こうした企業に共通するのは、クラウドの利用、いつでもどこでも働ける環境、ホワイトカラーの活動をデータ化して共有していることだ。交通費の精算では、いちいち手作業で計算しなくても、スケジュール管理ソフトと交通費のデータベースを結合すれば、数分で終わる。そうすることだけで、月1時間にかける人数分の生産性が向上する。シリコンバレーでは、ホワイトカラーがほとんどオフィスには来ないという企業も珍しくない。

 日本は少子高齢化に伴う労働人口の減少という課題を抱えている。これを解決するには、労働者1人当たりが生み出す付加価値を高めることが必要になる。デジタルマーケティングとホワイトカラーの生産性という2つの領域でイノベーションを起こすことが解決策となるだろう。この2つの面で日本は欧米に比べ大きく遅れているが、裏返せばそれだけ成長の余地がある。

 不確実性の時代に突入し、未来を予測することは難しい。しかし、未来を選択することはできるし、創造もできるはずだ。苦境を迎える前に、明るい未来を目指して、今からすぐに動き出すことが大切だ。