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 AgIC代表取締役社長の清水信哉氏は、技術系の人である。東京大学工学部電子情報工学科で学び、恩師の技術を世に出すために起業した。が、それは後の話。卒業後の就職先は、世界最大のコンサルティング会社マッキンゼーだった。このとき、清水氏はなにを考えていたのだろうか。

技術系からコンサルティング会社へ

写真1●マッキンゼー・アンド・カンパニーのWebサイト。清水信哉氏は卒業後、新卒として入社。ボストンに短期留学中にAgIC Printの技術と出会った。
写真1●マッキンゼー・アンド・カンパニーのWebサイト。清水信哉氏は卒業後、新卒として入社。ボストンに短期留学中にAgIC Printの技術と出会った。
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 清水さんは大学を卒業後、新卒としてマッキンゼー(写真1)に入社するわけですが、なにか特別な理由があったのでしょうか。
「私はエンジニアです。ふつうに電機メーカーに入ろうかと考えました。けれども、ずっと電気の専門家としてやってきたので、若いうちにいろいろなことを経験しておいたほうがいいだろうと思い直したんです」

 将来への布石を打ったわけですね。マッキンゼーでどんな経験を積もうとしたんでしょうか。
「それまで経験したことがなかったビジネス全般ですね。最初に思ったことと結果的に学んだことは違いますけど。最初はマーケティングとか事業計画の作り方を学ぼうと思って入ったんですが、実際のところは、多様性を共用する文化、異文化の人が入ってきても一緒に働ける能力、それからチームをマネージする方法を学びました」

 そのときの経験は現在に生きてますか。
「はい。チームをマネージすることは会社をマネージすることにつながりますから。それに、マッキンゼーではチームに海外の人が入ってくるので、働き方とか仕事に対する考え方に多様性が求められる。私はマッキンゼーに入るまではほとんど海外に出た経験のない人間ですので、そこで視野が広がったのはすごくよかったですね」

 清水さんが、マッキンゼーにいたのはどのくらいの期間ですか。
「2年です。正確には1年と10カ月かな」

 期間としては短いですね。
「マッキンゼーは出入りの激しい会社ですから、2年はそんなに短くないんです。平均勤続年数が4年くらい。基本的に人が出たり入ったりしている会社なんです。日本だと一回辞めると戻れない感じがありますが、マッキンゼーは戻ってくる人も多い」

 帰る場所があるのはいいですね。マッキンゼーは働き方も独自なんですか。
「基本的には、それぞれが個人事業主です。部署はなく、フラットにたくさんコンサルトがいるんですよ。マッキンゼーでは、プロジェクトを作る人とマネージする人を明確に分けていました。役員しか営業しないんです」

 役員が営業して、例えば、企業からコスト削減のプロジェクトの仕事をとってくる。役員はとってきたプロジェクトにマネージャーを割り当て、マネージャーは空いているコンサルタントの中から好きな人をとってチームを作る。
「コンサルタントからすれば就職活動ですよね。どこかのプロジェクトに採用されないと仕事がなくなってしまう。社内で自分はこんなことができるとか、自分はこういうスキルが身についたとか、どんどんアピールしていかないと生き残っていけない。2年もいると、中堅というか、引く手あまたの状態になっています。私が辞めたのはちょうどマネージャー的なポジションをやり始めるくらいのタイミングでした」

 マネージャーは体験されたんですか。
「いえ、正式にはしていないです。ただ、マッキンゼーが面白いのは、肩書きとしてはマネージャーにならないんですが、ある程度、新人にもプロダクトマネージメントを任せるんです」

 肩書きは違うけど、訓練としてマネージャー的な仕事をするわけですね。
「そうです。そういう意味では、マネージャー的な仕事は経験しました」