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 この3カ月間、東京都庁の都政改革本部の特別顧問として2020年オリンピック・パラリンピック大会のあり方を見直してきた。今回の見直しでは都庁が建設中の3つの大型施設のコストが、最低でも約430億円(元の建設計画の約26%)のコスト削減が可能とわかった。一部はもう着工した中でのギリギリのタイミングの見直しだったが、無駄な出費を抑えることができそうだ。

 だが、同時にオリンピックの総予算は現時点では約2兆円もかかるということが判明し、下手をすると最終的な決算数値が3兆円を超えてもおかしくないと予測される。オリンピックは、なぜこんなにお金がかかるのだろう。本来どうあるべきなのだろう。数回にわたって五輪のコストと価値について考えてみたい。

経費と投資

 オリンピックに2兆円、3兆円と聞くと驚くが、都庁は毎年7兆円もの予算を使っている。たとえていうと、年収700万円の家族が200万~300万円の車を買う、あるいは家族で海外旅行に行くと考えれば、それほどのぜいたくには見えないだろう。景気浮揚効果も期待できる。だが我が国は財政赤字であり、将来投資にはお金を惜しむべきではないが、無駄な経費はそぎ落とすべきだし、利用されない施設は作るべきではない。

 1964年のオリンピック大会の時は駒沢競技場や代々木体育館など、当時の日本になかった立派な施設ができた。それでやっと全国のアスリートたちが世界レベルの競技をできるようになり、また日本の戦後復興を世界にアピールすることもできた。だが、今回は同じことの繰り返し(「1964年の夢をもう一度!」)というわけにはいかない。

3つのタイプの開催都市

 オリンピックの開催地には3種類があると思う。一つは新興国、つまりリオデジャネイロや北京など。これらの国の場合、国威発揚や施設建設などを主眼に1964年型の五輪をやってもいいだろう。

 2つめのタイプはグローバル巨大都市。ロンドン、ロサンゼルス、パリなど。スタジアムなどのインフラがそろっていて、ホテルなどの受け入れ態勢も分厚い。特にオリンピックだからといって巨大な投資をしなくてもよさそうな都市である。例えばロサンゼルスの場合、施設は既存施設だけで賄い、開催総費用も1兆円以下ですませるといった予測がされている。

 第3のタイプは、普通の先進国の成熟都市である。2024年の候補ではもともとボストン、ローマ、ハンブルグ、ブダペストが挙がっていた。しかし、これらの都市では一定の施設建設が必要だ。住民同意が得られなければ開催できない。実際に今、候補で残っているのはブダペストだけである。

 東京はどうか。私はどれにも属さないと思う。人口やGDP(国内総生産)からいうと第2のカテゴリーだが、インフラはまだ不十分で第3のカテゴリーに近い。しかし、落ち着いた成熟都市にはなっておらず、都市経営への住民の意識も薄い。その意味では第1のタイプの新興国に近い。つまり、為政者がオリンピックをやると決めたら住民は黙って巨額の負担をする。そしてハコモノがどんどんできる。しかし、もはや日本は新興国ではない。1964年と同じことをやっても仕方がない。