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 前2回では小池氏の東京都知事就任後の改革の全体像を紹介した。今回は、その中で私が今年3月末の任期満了までの2年弱に渡って務めさせていただいた特別顧問として手掛けてきたことを総括したい。客観性を確保するため、知人との問答を要約した形でまとめた。

問1:あなたは都政改革本部の特別顧問として主に何を担当したのか?

【回答】
 都庁全体の顧問と都政改革本部の特別顧問の両方を兼務しましたが、いずれも非常勤であり、私の場合ほとんどが都政改革本部の特別顧問の仕事でした。仕事の内容は都知事選直後から都議選(2017年7月)の頃までと、それ以降の二段階で大きく変わりました。前半は2020年オリンピック・パラリンピック東京大会の競技会場と予算、それから築地市場の豊洲への移転計画の見直しが中心でした。この二つの見直しは小池さんの選挙公約でもあり、かなりの時間とエネルギーを割きました。後半はいわゆる行政改革の設計と実践の助言です。

 前半では、(知事が)都民との約束を(結果として)達成して見せないといけないわけです。オリンピックも市場移転も、期待にダイレクトに応えなければならなかった。私たちも無理やり突っ走った面があるでしょう。しかし、後半の「東京大改革」を進める段では、官僚組織が納得して動かないと何も実現しません。事務局の調整のもと、各局とは時間をかけて話し合いながら進めました。

問2:特別顧問は今までになかった役職である。おまけに知事が直接任命する。都庁官僚たちの受け止め方はどうだったか?

【回答】
 当初は小池さんが一人で都庁に乗り込んだ状況で都民ファーストの会もまだなく、都議会に2~3人のサポーターがいるだけでした。一方で都民の(改革への)期待は高く、「都議会のドン」問題など政治的な課題もありました。そんな中で、私としてはできるだけ客観中立的に仕事をしました。しかし知事の意向で仕事をする以上、政治的な対立構造の中で特別顧問や都政改革本部の役割を受け止める向きがあったのは否めません。

 後半の行政改革については総務局、都政改革本部の事務局と一緒に作業をやり、彼らも主体的にやりました。職員は協力的、幹部も改革の趣旨をよく理解され、総じて順調でした。情報公開や内部統制などの制度の手直しは当初から進み、「見える化改革」もしだいに理解が進みました。

 もちろん当初、職員は外部から来た特別顧問にいろいろ言われるのに慣れていません。しかし個別・具体の話でなるべく実現可能な改革の出口を見いだす工夫をするうちに、抵抗感は薄れていったと思います。

 例えば「見える化改革」で(港湾局の)視察船「新東京丸」の見直しをしました。多くの職員の予測とは逆に、私たちは「造った方がいい」と助言しました。合理的に分析した結果です。この例で「初めに答えありきではない」「政治的な意図で仕事をしているわけではない」とわかってもらえたと思います。

 教育庁と相談して、学校支援の監理団体を設立すべきという案も出しました。従来の行政改革は都庁に限らず、人も予算も「何でも削る」というものでした。だから庁内には戸惑いもありました。小池知事からも「大丈夫ですか」と聞かれたほどです。しかし、スクラップアンドビルドでいいから、ぜひ作るべきだと今も考えています。

 「2020改革」のような行政改革は、総務局も元々必要な時機だと考えていたと思います。しかし、この10年間、知事がコロコロと変わるし、歴代知事は必ずしも行革への関心が高いともいえず、提案しにくかったのでしょう。

問3:個別の改革について見ると、下水道局が施設整備やサービス提供などの事業運営権を民間企業に期間限定で売却するコンセッション(公共施設等運営権)方式を提起している。

【回答】
 下水道事業へのコンセッションの導入は、世界や全国を見渡すと常識、歴史の必然に近くなっています。従来の公営のままだと、日本でも将来、大赤字になるのは明らかです。今は50年前に国鉄の民営化が「あり得ない」と言われたのと同じ状況でしょう。しかし、他の自治体がコンセッションを導入して赤字を減らせば、都もやらないわけにはいかなくなります。下水道事業のコンセッションは浜松市(終末処理場)が全国で初めて導入し、大阪府市なども検討中です。