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計算室から米国へ脱出

大根田 で、僕は原価計算を担当していたんですが、嫌で嫌でしょうがなくて。脱出しようとして4年間ぐらいもがいて、「海外の研修生になれば逃げ出せる」と思って、応募して受かったんですよ。

 それで1974年にソニー・アメリカというところに行ったんだけど、そこでやらされたのはまたもや経理。

長谷島 1974年といえば、ソニーが海外で現地生産を始めたころですかね。当初は日本からキットを送って現地で組み立てていました。大根田さんが赴任したときくらいから、サンディエゴの工場でブラウン管の現地生産に着手していましたね。米国のオペレーションを進化させてきたんですよね。

大根田 それから財務に行ったの、NYでアメリカの財務部長をやったんだよ。財務の「ざ」の字も知らないでね。

大根田 伸行(おおねだ・のぶゆき)氏●1945年生まれ。1969年ソニー入社。Sony Electronics inc.(Sony USA)デピュティプレジデント兼CFOなどを経て、2004年6月ソニー執行役常務に就任。2005年6月から執行役エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼 CFO、2009年4月から取締役代表執行役副社長CFOを務め、2010年6月ソニー退社。現在はキリンホールディングス社外監査役、コクヨ社外取締役などを務める
大根田 伸行(おおねだ・のぶゆき)氏●1945年生まれ。1969年ソニー入社。Sony Electronics inc.(Sony USA)デピュティプレジデント兼CFOなどを経て、2004年6月ソニー執行役常務に就任。2005年6月から執行役エグゼクティブ・バイス・プレジデント兼 CFO、2009年4月から取締役代表執行役副社長CFOを務め、2010年6月ソニー退社。現在はキリンホールディングス社外監査役、コクヨ社外取締役などを務める
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 ソニーの人事部は労務部的な色彩が強く、こと人事関係については「ひとごとぶ」と呼ばれているほどで、他人事なの。だから「自分は次、こんなことにチャレンジする」とか、「こんな話があったら飛び付く」というのは自分で決めないとだめなんですよ。僕はどういうわけか、結構そういう話が来たんです。

 サンディエゴに行かされたときも、「こいつは前に原価計算をやっていたから、工場の管理もできるだろう」みたいな、気軽な考え方で白羽の矢が立ったらしい。財務の責任者になったときも、実は財務の経験は無かった。そこで、日本に出張してちょっと勉強して来いって言われて、財務部の中に机と1冊の為替の本をもらって、「これを読んで勉強しなさい」と。ほとんど研修らしい研修なんてありませんでしたよ。

 朝の8時半から夕方5時まで自習して、終業の鐘が鳴ったら「おい、飲みに行くぞ」と言ってね。日本にいた52日中、51日飲んでいましたよ。