PR

オペレーション競争の先駆けに

大根田 あの時代は、手作業を機械に置き換えるだけで効率が上がった。すると今度はもっと効率を上げるには何をやったらいいかという話になるわけですよ。僕がやっていた部分だけじゃなくて、それに関連する部分も含めて、全体的にどうしようかという話になるんです。今やっている作業をコンピューター化すればいいというんじゃなくて、モノを作ってから売るまで全体のプロセスを90日から60日にするには、40日にするにはどうしたらいいかという発想になる。その答えを出せるのがコンピューター部の人たちだったわけです。

 僕は原価計算を担当しているとき、原価計算の中の一部の仕掛かり計算をやっていましたが、その前の原材料の購入とか、完成品の販売時の売り掛け、買い掛けまで全体のバリューチェーンをつかんでシステム構築をしたいとき、相談できる相手というのはコンピューター部だけだったんです。当時から頼りにし、リスペクトしていた。

 米国でちょっと偉くなったとき、製販リードタイム全体を早くして、在庫を減らすための経営システムを考えなきゃいけなくなった。僕が頼れるのはIT、当時はEDP(エレクトロニック・データ・プロセシング)の人たちを中心にしたメンバーでしたね。日本に戻ってからも、いろいろなプロジェクトで全体の仕組みを知っているのは誰かということを考えると、やはりITの部隊だったと思いますよ、僕は。

長谷島 当時の時代背景として、商品力とか、いいものを世の中に出していくというだけじゃなくて、その商品の原価構造だとか、サプライチェーンといったオペレーションの効率が問われ始めた時代ですね。