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 社会に流布する様々なウソの中でも、最も根強いパターンは「これこれは、誰それのせいだ」という形をとるものだろう。何か悪いこと、気に入らないことを、自分とは関係ない誰かに押しつける言説である。一般に陰謀論と言われている。

 陰謀論には、容易に差別に結びつくというやっかいな性質がある。このため、ウソを本当と信じ込んでしまった人によって悲劇的な事態が起きることも稀ではない。

 ではなぜ、陰謀論は根強く、広がりやすく、差別に結びつきやすいのか。一例として、「911同時多発テロは、米政府の自作自演だった」という陰謀論を見ていこう。

911陰謀論の基礎は2つの事実だけ

 2001年9月11日、燃料満載の4機の旅客機がほぼ同時にハイジャックされた。これらの機体のうち3機はハイジャック犯の手によって、ニューヨークの世界貿易センタービルの北棟、南棟、ワシントンD.C.の米国防総省本庁舎に突入。世界貿易センタービル南北両棟は隣接するビル4棟と共に崩壊した。残る1機は、乗客がハイジャック犯に抵抗したことからペンシルバニア州に墜落した。ハイジャックされた機の生存者はゼロ。ビル崩壊を含め、全部で3025人が死亡した。この事件を契機に、米国内の世論は一気に先鋭化した。ブッシュ政権は米国に敵対する勢力に対する先制攻撃を国家戦略に採用、主犯のオサマ・ビン・ラディンをアフガニスタンのゲリラ組織アルカイダが匿っているとしてアフガニスタンに出兵し、さらに2003年にはイラクへも兵を出した。まさに世界史の転換点となった大事件だった。

 この事件の裏側で、なぜかネットでは「同時多発テロは、米政府の仕組んだ自作自演だ」とする陰謀論がわき起こった。「米政府が3000人以上の米国民を殺し、高層ビルという国富を破壊してまで自作自演する理由がどこにあるのか」と考えれば、あり得ないことがすぐに分かる話だが、米政府自作自演説は根強くネットではびこり続けた。

 陰謀論を唱えた者が根拠とするのは、以下の2つだ。

(1)事件直後から、低迷していたブッシュ政権の支持率が一気に急上昇した。

(2)世界貿易センタービルの崩壊の様子があまりに不自然。あんなにきれいにビル解体のようにビルが崩壊するはずがない。

 911同時多発テロを巡る陰謀論は多種多様だが、陰謀論展開の一番の基本となる事実はこの2つしかない。この2つの事実に対して様々こじつけを重ねていくことで、様々な陰謀論が構築されていったのである。

人間は、因果的に物事を理解し、未知を既知に引き寄せ、まず他者の関与を疑う

 なぜこのたった2つの事実が陰謀論へと発展していったのか——恐らくその根底にあるのは人間の知覚のありようだ。

 まず、人間は物事を時系列の因果関係で理解しようとする生き物だ。Aという出来事とBという出来事が続いて起きると、本能的に「Aが起きたことによって、結果としてBが起きた」と解釈する傾向がある。しかし実際の世界は、確率的な偶然に満ちている。AとBは無関係でたまたま連続して起きただけ、ということがほとんどだ。しかし人間はなかなか偶然を受け入れられない。「出かけようとしたらクロネコが前を横切った」と「出かけた先で悪いことに遭遇した」は、全く関係ない偶然だが、人間は「不吉なクロネコが横切ったからひどい目にあった」と解釈しがちなのである。