PR

記憶と発想のための組み合わせの技術

 再び話をダ・ヴィンチの手帳に戻そう。ダ・ヴィンチはアイデア発想の観点から、ちょっと気になることを「専用の手帳」に記していた。

 この手帳には縦横に罫線が引いてある。表の最上部の行には何かのテーマに関するカテゴリーや分類を記し、その下にはそのカテゴリーに属する種目を記す。

 たとえば人間の顔をテーマにした場合、カテゴリーには「目」「鼻」「口」「顎」「頬」「額」「髪」などが挙げられよう。そして「鼻」の種目には「真っ直ぐ」「鉤あり」「中低」「短い」「長い」「丸い」などを書き込む。他のカテゴリーも同様だ。

 まず、こうした一覧表を完成させておく。そして次に興味を引く人の顔を発見したら、それぞれのカテゴリーについて該当する種目に丸をつけておく。あるいは一覧表の縦横の数字を記録する(これはExcelのセルアドレスの考え方にほかならない!)。

 こうしておけば、その場で人の顔をスケッチする時間がなくても、あとで時間の余裕があるときにこれら各部を結合することで再現できる。ダ・ヴィンチは具体例として次のようなことを手記に記している。

どのようにして架空の動物を実物らしく見せるべきか──(中略)従ってキミの虚構した動物(仮に大蛇だとしよう)を本物らしくみせようと思うならば、頭はマスティノ種またはハウンド種の犬、眼は猫、耳はやまあらし、鼻はグレイハウンド、眉は獅子、老鶏のこめかみ、水亀の頸を採るがいい。
レオナルド・ダ・ヴィンチ『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』(1954年、岩波書店)

 思い出してもらいたいのはジェームス・W・ヤングによるアイデアの定義である(関連記事:[第1回]アイデアが出来上がるまでのプロセスを理解する)。アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない──。ダ・ヴィンチが試みたことも、まさに既存の要素の新しい組み合わせにほかならない。

 カテゴリーを列挙して個々のカテゴリーごとに種目を記述し、新しい種目の組み合わせを考えるこの手法は、私たちのアイデア発想にも生かせるテクニックだ。一例を示しておこう(図2)。

図2●ダ・ヴィンチの手法を流用した既存の要素の新しい組み合わせ
図2●ダ・ヴィンチの手法を流用した既存の要素の新しい組み合わせ
[画像のクリックで拡大表示]

 ただし注意したいのは組み合わせの可能性は無限にあるため、無駄な組み合わせで時間を浪費する可能性もある。膨大な数に及ぶ組み合わせの可能性から、これはいけるというものを見つけ出す力。この力を磨くことが発想力を高めることになる。

中野 明(なかの あきら)
ノンフィクション作家。同志社大学非常勤講師。1962年、滋賀県生まれ。神戸在住。歴史、経済経営、情報の3分野で執筆する。主な著書に『幻の五大美術館と明治の実業家たち』(祥伝社新書)、『グローブトロッタ―――世界漫遊家が歩いた明治ニッポン』『腕木通信――ナポレオンが見たインターネットの夜明け』(以上、朝日新聞出版)、『裸はいつから恥ずかしくなったのか――日本人の羞恥心』(新潮選書)など、また近著に『東京大学第二工学部』(祥伝社新書)がある。ITpro/PC Onlineでは、「ナカノアキラ」の筆名で、「タブレットだけで仕事するOffice for iPad大活用」「Excelグラフはこのツボを押さえなさい」など多数の連載記事を執筆している。