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 「息切れされましたか」

 出社した際、日経コンピュータとITproの中村建助編集長にばったり会ったところ、こう言われた。

 「情識」という連載を再開し、毎週月曜日に新稿を公開するつもりだったが、3月16日は更新ができなかった。本欄の原稿は中村編集長に直接送り、査読を依頼している。『あの連載、昔の名前で帰ってきています』という一文を書いたにも関わらず、次の原稿が来ないので呆れたのかもしれない。

 「昔は毎日更新していた。よく書いていたと思う」と言うと、中村編集長は「昔と違って今は原稿だけ書いているわけではないですからね」と応じた。確かに今でも毎日、何かを書いたり文章を校正したりしているが自分の署名原稿とは限らない。

 続けられた理由として、2002年に情識を始めた頃、気合いが入っていたということもある。『「情識」再開の弁』に次のように書いた。

 「『谷島の情識』はサイト名であり、トップページに短文を掲載できた。開設当初はやる気満々だったから、ほぼ毎日更新していたが、当初の短文掲載欄は更新時に上書きする仕組みだったので、過去の短文は消えてしまい再読できなかった」

 本原稿を清書しているパソコンのファイルを調べたところ、いくつかの短文が残っていた。その一つ2002年12月24日公開分を以下に再掲する。

 当時の表記は改行が一切無く読みにくいため再掲にあたり適当な箇所で改行した。さらに12年後の今、読み直して感じたこと、気付いたことを書き加えてみた。

 「本日24日は、筆者が10月から本格的に始めたインターネット上の執筆活動について総括してみたい。IT Proの井上編集長に、筆者が書いた一連の記事がどのくらい読まれたがわかる閲覧ヒットランキングを出してもらった」

 当時、執筆といえば雑誌の記事を書くことだった。Webサイトにも書くようになり、どういう記事が読まれるのか知りたいと考え、当時の編集長に依頼したのである。

 「圧倒的な第一位は、『動かないコンピュータとコンサルタントの関係』であった。この記事に寄せられた読者の意見をもとに、日経ビジネスのWebサイトに関連する記事を書いたので、日経ビジネスのWeb読者にも本記事を読んでいただいた。こうしたこともあってヒット数が増えたのであろう」

 同じテーマでITproと日経ビジネスオンラインにそれぞれ別の原稿を書くことはその後も数回やったはずである。

 「知的財産権にうるさい、ある大手コンピュータ・メーカーではこのコンサルタント関連記事について、社内でメールが出回っていたようである。そういうときは、原文記事を全部メールに貼り付けるのではなく、URLを送るのがお作法である。全文引用は著作権上、面倒なことになりかねないのでご注意いただきたい」

 12年前の出来事だから時効ということにして名前を明かすと「ある大手コンピュータ・メーカー」は日本IBMだった。「社内でメールが出回っていたようである」と書いているが実際にメールが出回っていた。なぜ断言できるかというと「谷島さんの記事がメールで送られてきましたよ」とある人が転送してくれたからである。