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 ザンネンな仕事の典型例が、「何を言いたいのか分からない」と上司に言わせてしまう説明だ。上司をいらつかせるばかりか、「仕事ができない人間」との印象を抱かれかねない。

 回避するヒントは上司の口癖にある。上司が頻繁に口にする言葉を観察すれば、説明に何を求めているかが見えてくる。

 「奥野担当部長ってどういう人なんですか?」

 システム企画室の岸井雄介は、誰もいないのを確かめて先輩の西部和彦に聞いた。

 「奥野さんか。いい人だよ、癖はあるけどね。もしかして今度は担当部長と何かあった?」

 「そうなんです。デジタルマーケティングの件でちょっとありまして」

 「どんなこと?」

 「担当部長が『何が言いたいの?』って冷たいんです」

*   *   *

 岸井雄介は35歳、西日本にある地方銀行A銀行のシステム企画室で課長補佐を務めている。入社以来A行でシステム開発を担当し、システム設計、プログラム製作、テスト、移行などの仕事を行い、現在はシステム企画を担当している。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画の仕事を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。最近、出向していたITコンサルティング会社から復帰し、現在は課長補佐として経営企画を担当している。

 岸井は現在、デジタルマーケティングを業務に利用するために、顧客データベース、Webサイト、電子メール、スマートフォン、プッシュ通知などを使って、人手を使わずに、金融・保険商品販売ができないかを考えるシステム企画を担当している。

 例えば子供が小学生になる顧客に学資保険を紹介するメールやスマホのプッシュ通知を出し、興味を持っている顧客に学資保険の情報を提供。最終的に学資保険をオンラインで申し込めるWebサイトに誘導する、といったスキームである。

 A銀行は融資や金融・保険商品を販売した顧客層については住所と電話番号に加え、年収、家族構成などの情報を保持している。だが普通預金だけを利用する多くの顧客については氏名や住所などの基礎情報しか保持しておらず、収益向上に活用できていない。

 普通預金口座だけの顧客に、住宅ローン、外貨預金、生命・損害・年金保険、投資信託などの金融・保険商品を販売できれば、手数料収入につながり、A銀行の収益向上が期待できるため、この顧客層への有効な対策がA行での経営課題になっている。

 一方で、A銀行はこの顧客層に金融・保険商品を販売するための人員が不足している。そこでITの活用を検討することになり、情報システムの奥野担当部長とシステム企画室の岸井が担当となった。

 岸井はデジタルマーケティングに詳しい外資系のコンサルティング会社B社に情報提供を依頼した。同社の手助けを得て、デジタルマーケティングの基礎知識、日本や世界の活用事例、A銀行の経営課題を解決するアイデアを収集。結果を整理し奥野担当部長に説明した。

*   *   *

 「担当部長、本日はデジタルマーケティングについて説明させてください。デジタルマーケティングとはWebサイト、メール、スマホ、プッシュ通知などを使って顧客に商品販売などを行う概念です。

 デジタルマーケティングでは顧客を商品販売にどのようにつなげていくのかのシナリオを詳細に検討することが重要です。これを顧客導線と呼びますが、最初から最適な導線を設計するのは難しく、試行錯誤を繰り返して洗練させていく必要があるようです。

 Webサイトの最適化、メール技術、スマホの技術、プッシュ通知などの技術をよく理解する必要があります。Webサイトへのアクセス分析技術や、リアルタイム統計分析などの技術も必要とします。これらについて詳しく説明します」

 「ちょっと待ってくれよ。技術面でなく、なぜデジタルマーケティングが必要なのか。導入すると何がよくなるか、何ができるかをもっと分かりやすく、具体的に説明してほしい。それと、僕が何をすればよいかも分かるように説明してくれないか」

 「それはこれからだと考えています。私は今、デジタルマーケティングを理解している途中です。今のフェーズでは情報を担当部長に説明して、次に何をするかを指示してもらう段階だと思っております」

 「岸井、それは違うんじゃない。情報収集するにも、方針や体制、スケジュールなどを考えることが必要なんじゃないの?」

 「いや、そうかもしれませんが、当行にとってデジタルマーケティングは新しい分野です。まだ全体的な理解が進んでいないこともあって、今の段階で方向性を語ることは時期尚早だと思っています。

 担当部長のおっしゃることは正論ですが、情報が不足しているため今は無理です。現段階では情報を収集して、情報が多くなるにつれて考えるしかないと思います。もちろん、できるだけ担当部長の言うことを意識しますので」

 「あのなあ、岸井、何が言いたい?君の言うことはよく分からないよ。君がちゃんと説明できないと仕事はうまくいかない。我々は決められた時間で成果を出す必要がある。ちゃんと説明できるようになってから来なさい」

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