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 死を覚悟する二度の経験の後、働き方を変えた45歳のIT起業家がいる。40代で5年生存率が26パーセントの悪性脳腫瘍と生存率40パーセントのリンパ腫という、二つのがんを乗り越えたオーシャンブリッジのファウンダーである高山知朗さんだ。



 脳腫瘍を乗り越える過程で、極度の仕事人間で、「死ぬまでオーシャンブリッジを経営し続けること」が自分の目標だと公言していた高山さんの仕事に対する考え方、そして働き方は大きく変わった。仕事よりもまず家族、そして次は自分の健康を優先するという、いわばごく普通の生き方だが、分かっていてもがんが発病するまでは働き方を変えられなかったという。

 がんになるまでは、自分の健康よりも、家族よりも仕事が一番で、自分のアイデンティティー=オーシャンブリッジのようなところがあったんです。当時、「僕の目標は死ぬまでオーシャンブリッジを経営し続けることだ」と公言していて、オーシャンブリッジの事業計画を達成するのが、毎年の目標でした。

 もちろん、家族を大事にしているつもりではあったんですけど、土日もゴールデンウイークも家で仕事していて、奥さんに怒られることもありました。仕事ばっかりしてないで、体を大事にしないとだめだよと言われていたんですが、変えられなかった。

 脳腫瘍を経験して、そういう働き方というか、精神的に仕事との距離の置き方というか、要するに人生のプライオリティーが変わったんですね。それまでは仕事が一番だったんだけど、優先順位が家族が一番、2番目が自分の健康で、3番目が仕事に変わりました。

 自分が健康を害して働けなくなったり死んだりしてしまったら元も子もないわけです。健康で生きていられるから仕事もできるわけだし、家族の支えがあって自分が仕事できているんだから、当たり前のことなんですけど、それが分からなかったんですね。

 人生の優先順位以外でも考え方が一変した。会社で自分が何をなすべきか、ということだ。