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ビジネス・エコシステムのメンバーが協業するには

 この連載では、架空の格安航空会社(LCC)X社のインバウンド(訪日外国人)戦略を題材に、データ分析戦略の立て方や、課題解決法を考えていきます。

 データ分析戦略は図1に示す8つのステップで進めます。前回は「4.顧客の理解」「5.ステークホルダーの理解」を進めるため、マクロのデータを使って、旅行前の情報収集や、地域別の訪問需要を把握しました。

図1●データ分析戦略の立て方
図1●データ分析戦略の立て方
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 今号はよりミクロなインバウンド客の動きを追うために、「6.データの収集」と「7.データの蓄積、分析」をどう行うかを考えます。X社でインバウンド強化プロジェクトのリーダーを任されたA君と、先輩女性社員Bさんのやり取りを見てみましょう。

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 「エアラインやホテル、レストラン、販売業などの業界では、リピーターが5%増えると利益は25%増えると言われているわ。リピーターを増やす策を考えるうえでは、一度日本に来たインバウンド客の行動分析が役立つはずよ。例えば『前回こんなところに行って、こんな体験を楽しんだインバウンド客には、次回こんなプランを勧めればリピーター化しそう』というのが見えてくるわけ。そのためには旅行中のインバウンド客とのタッチポイントを確保して、データを収集する仕組みがほしいところね」とBさんは話し、A君の顔をのぞきこんだ。

 「タッチポイントですか。スマートフォンにアプリを入れてもらえれば、インバウンド客の位置情報が取れますよね。でもアプリをインストールしてもらうのはなかなか大変だと聞いています」

 「何も不特定多数の人にアプリを入れてもらう必要はないわ。リピーター化を狙うのなら、私たちの航空券を購入してくれたインバウンド客だけでいいんじゃないかしら。位置情報に加えて、『どこで何を食べたか』『何を買ったか』といったデータも取得できれば、より詳しい行動が把握できるんじゃない?」

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 最近ではパッケージツアーではなく、個人旅行を選ぶインバウンド客が増えています。その足取りをつかむのは至難の業に思えますが、スマホにアプリをインストールしてもらえば、Wi-Fiへの接続履歴から位置情報を取得し、移動経路を割り出せるようになりました(便利な世の中になったものですね)。

 さらにSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)へのカキコミ情報や、ホテルやレストラン、ショップなどの販売実績データとも連携させれば、どこで何を買って何を食べ、どれくらい満足しているかまである程度つかめるようになります。

複数ソースのデータをひも付ける

 ただしいくつかハードルがあります。まずはA君が指摘したように、アプリをインストールしてもらうこと。アプリを導入する動機(インセンティブ)としては「機能」「情報」「ディスカウント」などが考えられます。機能と情報については、「無料Wi-Fiへの接続」「交通手段や経路の情報」「飲食店の情報」などがインセンティブになりそうです。

 ディスカウントについては、導入したアプリを使うと会員価格で購入することができるといったメリットの提示などが考えられるでしょう。X社の場合は、自社の航空便を利用したインバウンド客に、こうしたメリットを訴求してアプリのインストールを促すことができそうです。

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 「そうか。インバウンド客のメリットを明快に打ち出せば、アプリのインストールも進みそうですね。それでインバウンド客の行動にまつわるデータをどんどん集められるわけだ」と張り切るA君。

 「ちょっと待って。ビジネス・エコシステム内でデータを活用するためには、ただアプリを導入するだけではダメで、“データ同士をひも付けるキーデータ”が必要なの」とBさんがくぎを刺す。

 「航空会社のアプリでホテルの宿泊予約をしたり、ショップで買い物をしたりするわけではないでしょう。それから宿泊予約や販売実績は他社のデータだというのも越えなければならないハードルよ」

 「ビジネス・エコシステムのメンバーの企業だから、それぞれが収集したデータはみんなで使えるんじゃないんですか?」とA君は首をかしげる。

 「データ同士をひも付けるルールと仕掛けがないと、観光地やSNSでデータを収集しても、それが私たちのどのお客さまのものなのか分からないわ」

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 図2にインバウンド客の行動と各所で発生するデータの例を挙げました。Bさんが指摘した通り、ホテルでの宿泊やショップでの購入、レストランの利用などの実績データは、各社の業務システムで管理しています。複数のデータに横串を刺して統合管理するには、データ同士をひも付けする「キーデータ」が必要になります。

図2●予約からクチコミまでの行動データをひも付ける
図2●予約からクチコミまでの行動データをひも付ける
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 X社の場合は、自社予約サイトのログインID(キーデータ)をキーデータにするのが有効でしょう。例えば、X社のビジネス・エコシステムのパートナーであるホテルには、宿泊予約サイトにX社サイトのログインIDを入力するスペースを作ってもらいます。

 一方、レストランやショップではちょっと厄介です。POS(販売時点情報管理)システムに、X社のログインIDを入力する機能を付加して、販売実績データと一緒に管理できる仕組みを作らなくてはいけません。例えば、インバウンド客がスマホのアプリでX社のログインIDのバーコードを表示すると、リーダーで読み取って、POSデータとひも付けるといったシステムの改変が必要になります。

 ただし最近普及が進んでいるクラウド型のタブレットPOSなどは、こうした用途を見込んで柔軟に顧客IDと販売実績を結び付ける機能があります。小規模なショップやレストランであれば、ビジネス・エコシステムへの参加を機に、こうした新しいタイプのPOSに切り替えるのも一案かもしれません。さらに、航空旅券の予約時にSNSのアカウント情報も登録してもらうようにしておけば、インバウンド客が旅の途中でSNSにクチコミした情報も一緒に管理できます。

エコシステムで個人情報のルールを決める

 ただし、ひも付けも含めたデータ(個人情報)の取り扱いには、十分注意し段取りを行う必要があります。総務省が平成26年に出した「Wi-Fi提供者向けセキュリティ対策」では、電気通信業者はもちろん、ホテルやショップでも「Wi-Fiの利用IDを発行するため、利用者の氏名や住所、メールアドレスなどを取得する場合は、個人情報の適切な取り扱いが必要」としています。ビジネス・エコシステムのパートナー間で統一したルールを決めておく必要があるでしょう。

 キーデータによるひも付けにせよ、情報取り扱いルールの制定にせよ、多数のステークホルダーが参加するビジネス・エコシステムで共通のやり方を導入するのは難しいでしょう。まずは一部のホテルやショップ、レストランとスモールスタートで始め、各社のデータを分析して結果を返すことでビジネス・エコシステムに参加するメリットを出します。次の段階で、各社のデータを統合して分析して、インバウンド客の行動の傾向を明らかにし、徐々にパートナーを増やしていくというのが妥当なアプローチとなるでしょう。

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 「うーん、なかなかおおごとですね。本当にこんなに細かいデータを取る必要があるんでしょうか」と眉をしかめるA君。

 「そうね。順序が逆になっちゃったけど、もともとこの分析は『リピーターを増やすために、次回の旅先として、初回とは異なる観光地を、ターゲットのインバウンド客が好むストーリーでレコメンドする』という目的の基に組み立てているものなのよ。具体的には、こんな分析をすれば、こんなことが分かるというわけ」。Bさんはデータ分析の目的、分析テーマ、それに必要なデータをさらさらとホワイトボードに書き出した(図3)。

図3●分析の目的を定め、分析テーマに落とし込むと必要なデータが分かる
図3●分析の目的を定め、分析テーマに落とし込むと必要なデータが分かる
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 「ここまでやるには、やはり位置情報だけじゃなくて販売実績やクチコミデータが必要で、さっき話したようなデータ取得の仕組みを整えなくてはいけないわけ。でも目的が変わればここまでは必要ないわ。まずはスマホアプリの位置情報と顧客IDだけで、旅の軌跡を追ってリピート策を考えるのもいいかもね」

 「目的によってどんなデータが必要かも変わるわけですね。手持ちのデータだけこねくり回すのではなく、収集手段から考えなくてはいけないんだなあ」と納得するA君だった。

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 データ分析計画の立案は、取り扱うビジネスや課題を十分に理解したうえで、収集したデータを確認しながら、データ分析の方向性や分析テーマを検討します。また、データ分析の実現性を高めるために、同時並行でデータ分析手法についても検討します。

 今回のケースであれば、クチコミデータからインバウンド客による評価コメントを分類する手法として、LDA(潜在的ディリクレ配分法)を適用する方法などを検討するとよいでしょう。この方法を使う場合のポイントは、観光地やサービス・商品の名称(名詞)と、その名称に対する評価コメント(形容詞)をインプットデータとして選択するところになります。

 次回は、航空旅客輸送会社の目線でのデータ分析のケーススタディとして、顧客視点からの業務課題の導出を解説します。

小林 祐介
オージス総研 データアナリシス部 リーダー・データ分析戦略コンサルタント
小林 祐介 こばやし ゆうすけ●大阪ガスの全社データ活用基盤・運営の構築に参画したことをきっかけに、その後データ活用のコンサルティングを数多く経験する。蓄積したノウハウをデータ分析戦略フレームワークとしてナレッジ化した。現在は、グローバル展開している製造業を中心に、ルール策定、活動計画の立案および組織化、分析テーマの抽出をはじめとする各種コンサルティングを実施。施策とプロセスを立案し、自社のデータ分析官とともに有効性の高いデータ分析につなげている。