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 過去2回の連載では、分析結果としてまとめたグラフの読み方について、その注意点を紹介した。ところが落とし穴は分析の出口だけではなく「入り口」、すなわち分析に使うデータそのものにも潜んでいる。そのことをマネジャーはぜひ知っておきたい。

 例えば、あなたがスーパーマーケットのパン売り場の責任者だとしよう。近隣の競合スーパーとの間で毎月、各カテゴリーの売上額のデータを共有しているとする。あるとき、あなたの部下が図1のような結果を持ってきて、「自社スーパーは総菜パンが強みなので、ここをもっと強化しましょう」と提案してきた。さてあなたは、部下の提案内容をどのように吟味するだろうか。

図1●自社スーパーと競合スーパーのパンの売上額
図1●自社スーパーと競合スーパーのパンの売上額
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 確かに実数(売上額)だけでなく、総額に占める「総菜パン」の売上比率は、自社スーパーがダントツに高い(図2)。このグラフだけを見せられれば、部下の言っていることに問題がないように思える。そして実際に、部下が行ったデータの整理や分析自体に問題があるわけでもなさそうだ。

 ところが、ここで注意が必要なのが「分析に使ったデータ」なのである。

パンの分類は店舗によって異なる

 一般にスーパーは、多種多様なパンを扱っている。そのせいもあり、全てのパンのカテゴリーを、どの店舗も同じ定義で分類しているとは限らない。特に「総菜パン」の定義や範囲は、担当者や店舗によって大きく異なる可能性がある。

 また、扱う商品が店舗によって異なれば、そもそも100%統一した定義や尺度を当てはめて分類することは、事実上不可能だ。必然的に属人的な判断基準で分類されることは避けられなくなる。

 すると競合スーパーの一部では、自社スーパーでは「総菜パン」に分類している商品を、例えば「サンドイッチパン」に分類している可能性だってあり得る。こうなると、いかに数値計算や使うグラフが精密であっても、その結果の価値は著しく下がってしまうことが容易に想像できる。

 この事例ほどの違いであれば、分類の差で結果を覆すことはないのかもしれない。それでも再度、詳細を精査したところ、自社スーパーと競合スーパーとではやはり、総菜パンの定義が異なっており、自社の「総菜」カテゴリーの一部は「サンドイッチパン」に分類した方が整合性が高いことが判明した。

 その結果、自社スーパーの「総菜」売り上げは他社スーパーよりも顕著に優位なわけではなかった、ということになりかねない。

 これは単に「言葉の揚げ足取り」をしているのではない。残念ながら、分析そのものや結果がクリアに見えるときこそ、こうした注意を怠り、見せられた結果をすんなりと受け入れてしまう心理が働くものだ。実際に私のクライアントでも同様のことが起こっていた。これは「分析技術」以前の問題である。

 この問題は、カテゴリーが曖昧になればなるほど、リスクが高まる。例えば「あなたは休日をどのように過ごすことが多いですか?」といったアンケートについて、次のような選択肢があったとする。

  • 家族との団らん
  • 散歩
  • スポーツ
  • ジョギング
  • ドライブ
  • 映画鑑賞

 いずれもよく目にする項目ばかりだ。では、家族と団らんしながら散歩をしたり、スポーツをしたり、ドライブをしたりする人は、上記のどれを選ぶだろうか。結果は「その人による」となるだろう。

 これは単にアンケートの質問設計の問題でもあるわけだが、データを「使う側」としては、その結果を何も気にせずに使うことはリスクを伴うことをまず知っておきたい。

 同じく「あなたは××に満足しましたか?」という質問に対する回答で、
1)とても満足
2)満足
3)普通
4)不満
5)とても不満
という5つの選択肢による結果のデータなども注意が必要だ。「とても満足」と「満足」の境目は人によって差があるはずだからだ。

 アンケートの対象者が異なれば、その2つの結果を直接並べて比較することは、場合によっては結果の解釈を大きくミスリードしてしまうかもしれない。ところが、結果を使う側に立つと、図3のような集計結果だけが与えられる。

図3●満足度調査の集計結果
図3●満足度調査の集計結果
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 早く分析作業を終えて、結果を出したい部下にとっては、このデータを是として、分析をスタートするだろう。つまり、データそのものに懐疑的な目を向けることなく、データの分析や作業にまい進してしまう。そしてマネジャーのあなたは、その結果だけを受け取るわけだ。

 ちなみに、このような人による定義の差を避ける手段として、この例であれば、「『満足』と『とても満足』を合わせて全体で49%」などと解釈することが考えられる。「満足」と「とても満足」の違いはさほど厳密ではないことを承知の上で、その仕切りをあえて外し、「ポジティブな意見」としてまとめてしまう。オリジナルの質問に沿った厳密性を落としてでも、結論のミスリードを避ける工夫の1つといえよう。

無意識に都合のよい情報だけを集める

 実務でデータ分析をするときには、何かしら特定の目的や意図を持って行うケースが多い。特に分析をする部下にとっては、分析の指示を出した上司の意図(思惑)というバイアスを受けないことの方が珍しい。

 上司の意図とは、例えば「自部署の営業成績が向上していることを示したい」「他社よりも競争力があることを示したい」「自分たちの活動内容や経費の使用が十分な効果を発揮していることを定量的に示したい」などだ。

 そのような状況下で、部下にはどのような心理作用が働くか。おそらく上司の意図に反する、または意図を明確に証明できない分析結果よりも、「課長、いい結果が出ました!」と胸を張って報告できる結果が欲しいと思うのが普通だ。

 すると本人には全く悪気がなくても、達成したい目的にとって不都合、またはあまり貢献しない情報に対する意識が低くなってしまいがちである。都合のいい情報しか「目に入らない」わけだ。もしくは、それ以外の情報を軽んじてしまう。

 「ああ、そういえば、そんな情報もどこかに書いてあったけれども、こっちに自分が欲しい情報がドンピシャであったので、こっちを使えばいいや」といった、軽い判断によって、情報が選別されてしまう。

 このような人間のバイアスは、行動経済学という学問において「確証バイアス」として定義付けられている。つまり、誰にでも起こり得るバイアスの1つとして、学問的にも研究されているものだ。

 例えば、「高齢者向けの製品は儲かる」というメッセージを結論として主張したいというゴールがあったとする(図4)。それらを支えるためのデータ(情報)として、部下は「少子高齢化」「高齢者の高い貯蓄率」などを示すデータを積極的に集めにかかるだろう。

公平な目で情報を眺められるか

図4●高齢者向け製品が儲かる理由を分析
図4●高齢者向け製品が儲かる理由を分析
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 一方で「高齢者向け製品」というキーワードで公平に情報収集しようとすれば、「この市場は既に飽和状態であること」「高齢者以外のより魅力的な市場の存在」などを示すデータは、目に入っても取り合わない、あるいはあえて探さない、といったことになりがちだ。

 このようにして集められた情報やデータから導かれた結論、ストーリーを見せられるリスクに常にさらされているのがマネジャーである。さらに上のエグゼクティブに部下の結果をそのまま報告する前に、部下が入り口の落とし穴に陥っていないことを確かめるべきであろう。

 こうした落とし穴は、分析結果をじっくりと眺めていても、その糸口や気づきは得られないものだ。むしろ“きれい”な分析結果を見せられたときほど、そちらに気が向きづらいことを知っておくとよい。

 いずれのケースも、部下が全ての結果を出してから指摘すると、「もっと早く言ってくれれば、作業が無駄にならずに済んだのに」とか、「他にフィードバックをすることがないから、自分の揚げ足取りで重箱の隅をつつくようなことを嫌がらせで言っているんだ」などと思われてしまうかもしれない。そうならないためにも、早い段階でこれらに目を向け、必要であれば修正をすることが、データ分析の効率も精度も押し上げてくれる。マネジャーの存在意義はここにもある。

今月の視点 人の非合理性を説いた行動経済学

 今回は「行動経済学」のテーマの1つである確証バイアスを紹介した。行動経済学は米国で生まれた比較的新しい学問で、一般的な経済学の前提に反し、「人は必ずしも(経済的に)合理的に意思決定する」わけではないことを、様々な切り口から証明している。

 しかも面白いことに、人は合理的には行動しないのだが、「人の非合理性にも一定の傾向がある」というのだ。

 例えば、人は同じ大きさでも「得る」場合と「失う」場合とでは、その心理的なインパクトが大きく異なるという理論がある。

 例えば、1000円札を落としたことのショックは、1000円札を拾ったときの得した気分よりも大きいことが証明されている。

 データの客観的、合理的な世界では、1000円は1000円で同じと見なす。ところが人の気持ちはそのようには動かない。

 ビジネスは人の意思決定で動く。そうであれば、人がどのように(心理的に)意思決定するのかを知るには「合理性」だけでは不十分であることを示している。

 私はデータ分析に代表される合理的な判断や思考と併せて、人の心理が非合理ながらもどう動くのか、その傾向や法則を知ることが、大事な意思決定をするうえでの両輪になり得ると考えている。実際に組織のなかで行われる意思決定や人の感情のもつれ、ゴタゴタも、これらのフレームワークで説明できることが多い。

 そのことは私自身の経験から実証済みだ。興味がある人は、拙著『人は勘定より感情で決める』(技術評論社)をお読みいただきたい。実際に企業からこのテーマで講演を依頼されることも少なくない。

 合理的なデータ分析と併せて、マネジャーが身に付ける知識やスキルとして、行動経済学を知っておくことも有意義ではないかと思う。

柏木 吉基
データ&ストーリーLLC代表元・日産自動車 ビジネス改革チームマネージャ
柏木 吉基 かしわぎ よしき氏●慶応義塾大学理工学部卒業後、日立製作所入社。米ゴイズエタ・ビジネス・スクールでMBA(経営学修士)取得。2004年に日産自動車に入社。海外マーケティング&セールス部門、組織開発部ビジネス改革チームマネージャを歴任。2014年10月に実務データ分析トレーナーとして独立。2015年10月に、書籍『日産で学んだ 世界で活躍するためのデータ分析の教科書』(日経BP社)を発売した。多摩大学大学院客員教授も務める。