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 「各種ポイントや図書館、銀行などのカードを一本化していきたい」。マイナンバーカードを巡って、高市早苗総務大臣が2016年1月に発言した内容が話題を呼んだ。住基カードの二の舞を避けるべく、総務省をはじめ政府はマイナンバーカードの普及に力を注いでいる。大臣の発言のようにカードの多目的利用を推進するほか、700億円以上の財源を確保して2500万枚規模でカードを無料発行する構えだ。

 一方で、政府内ではマイナンバーカードの「限界」を示す一幕も演じてしまった。財務省が提案した、消費税の軽減税率を還付する方法としてカードを活用する案である。「買い物のたびにカードを携行、提示するのか」「中小の商店主はレジ業務にどう対応する」──。カードは急激には普及しないという事実を無視した素案は各方面から強い反発を浴びた。総務省が推進するカードの「多目的利用」も、民間の需要を読み間違えれば同じ過ちを犯しかねない。

 政府が掲げるマイナンバーの民間活用方法のうち、企業が利用しやすく、実際に恩恵が受けられそうなものはどれか。本誌の評価を交えて注目すべきビジネス活用方法を紹介しよう。

税務申告を電子提出で一本化
評価=○
中堅・中小企業にメリット

 業種や事業形態を問わず、あらゆる企業で一定の恩恵が期待できるのが、税務に関わる業務の効率化である。源泉徴収票などの法定調書が、完全に電子提出に一本化できるようになるのだ。

 具体的には、2017年初めの税務から、企業はeLTAXに法定調書を一括送信すれば、書類提出が完結する。従業員が居住する各自治体に自動送信されるほか、同じ電子データがe-Taxにも自動で反映される(図10)。

図10●全国市町村への税務書類の提出がオンライン送信で一元化できる
図10●全国市町村への税務書類の提出がオンライン送信で一元化できる
マイナンバー制度を機に、源泉徴収票など税務に関する法定調書は「eLTAX(地方税ポータルシステム)」への電子提出だけで済み、提出した調書は国税庁の「e-Tax」にも自動的に送られる。これまでは地方税と国税向けで別々に送信していたほか、書類郵送など自治体ごとの対応が求められることも多かった。
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 eLTAXやe-Taxへの電子提出は既に始まっているが、現状は自治体ごとの対応状況に問題があった。「業務やシステムの都合などから書類の郵送も求める自治体があるなど、煩雑さが軽減できていなかった」(野村総合研究所の梅屋真一郎上席コンサルタント)。この場合、書類の形式は自治体の指定に従う必要もある。

 中堅・中小企業など電子提出に未対応だった企業は、一気に理想的な電子提出に移行できる点でメリットが大きいと言える。

官庁が持つ情報を集めた「企業ポータル」

 もっとも、既に電子提出を推進してきた企業のコスト削減効果は限られるとの意見もある。例えば、既に電子提出に全面対応した三井化学の場合は、「一部自治体に送っていた郵送費が削減できるくらいで金額は軽微にとどまる」(同社)。こうした企業の場合、マイナンバーの対策と活用の収支を単純比較すれば、出費のほうがはるかに大きい。

 政府は書類の電子提出のほかにも、民間に恩恵がある様々な電子行政サービスを推進する方針だ。これらの進ちょくも加味すれば、企業関係者は損得勘定を超えて、もっと前向きにマイナンバー制度を評価できるかもしれない。

 例えば、企業の健康保険組合が実施する健康診断データをマイナンバーでひも付ける取り組みがある。従業員が転職していても、医師が健診データの履歴を見ながら診断時に助言できる。

 政府は企業コードを活用して、中央省庁が個々に持っていた企業情報を名寄せして公開する総合ポータルサイトも開設する計画だ。例えば、許認可事業に関わる事業者情報や財務局に提出された企業の財務情報などを一元的に閲覧できる。取引先の信用情報として利用するなど、活用方法は民間のアイデア次第だ。

カードで強力な身元確認
評価=○
ネット金融、オンライン契約で活躍

 マイナンバーカードは券面に本人写真と基本4情報を記載しており、身元証明書として使える。同様の機能がカードのICチップにも搭載されている。オンラインでカード保有者の身元を確認できる「公的個人認証サービス」だ。

 電子行政に限られていた同サービスの用途が、2016年から民間にも開放される(図11)。マイナンバーそのものは使わず、カードに内蔵された電子証明書を使うことで、行政機関が利用していた強力な身元確認機能がビジネスにも活用できる。

図11●政府の強力な身元確認手段がネットサービスで利用できる
図11●政府の強力な身元確認手段がネットサービスで利用できる
電子行政サービスに向けた「公的個人認証サービス」が民間に開放される。金融や古物取引などのネットサービスが有望だが、身元を確認したい個人利用客がマイナンバーカードを所持していることが前提になる。既にGMOグローバルサイン、NEC、NTTデータなどが参入を表明した。
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 既に民間利用に名乗りを上げた企業もある。2016年1月時点ではGMOグローバルサイン(GMOインターネット傘下)、NEC、NTTデータの3社が参入を表明し、2月にも総務省に利用の許可を申請する企業が出てくる見通しだ。

 公的個人認証サービスはJLISが運営している。PKI技術に準拠した一般的な技術で、住基カードにも採用されている。

 これまでの代表的な利用場面は、コンビニなどで住基カードを使って住民票の写しを取得するサービスだった(写真1の左)。カードをコンビニの端末にかざし、カード保有者が自ら設定したPIN(暗証番号)を打ち込む。PINの照合後に、端末は「電子証明書そのものが有効か」をJLISの認証サービスに問い合わせ、さらに電子証明書にひも付いた基本4情報を照会する。民間利用でもサービスの利用手順は同様だ。

写真1●マイナンバーカードのリーダー機能を備える端末の例
写真1●マイナンバーカードのリーダー機能を備える端末の例
左はセブン-イレブン・ジャパンが1万8000店全店に設置しているマイナンバーカード対応の端末。「マルチコピー」と呼び、複写機のほか住民票交付やチケット販売機能なども備える。右はKDDIが開発したAndroidベースのセットトップボックス。リモコンにリーダーがある。ケーブルテレビ業界の実験向けに開発した。
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 ニーズに合わせて選べるよう、JLISは証明書の有効性だけを確認する料金が1回2円の簡易な認証サービスと、基本4情報も照会できる1回20円のサービスの両方を提供している。

身元確認サービスが「1回50円」から

 民間利用に参入する3社の狙いはいずれも、他の企業に身元確認機能を提供するプラットフォーム事業である。総務大臣の認可を得てJLISに接続するには、IT基盤の安定性や堅牢性、セキュリティ基準などのシステム監査をパスする必要がある。利用企業は費用がかさむIT投資を回避でき、都度払いで身元確認機能を利用できる。GMOグローバルサインは料金水準も公表済みで、基本4情報を照会できるサービスは1回50~100円で提供する考えだ。

 想定できる顧客企業が、オンラインバンキングなどネット金融サービスだという。身元確認の事務処理がシステムで自動化でき、即時の口座開設などサービス向上の期待がある。「金融のほかに古物取引も身元確認のニーズが見えている」(GMOグローバルサイン)。

 課題もある。国民にマイナンバーカードが普及し、パソコンにリーダーを取り付けて契約時にかざしてもらうなど、インフラの普及が前提になることだ。

 日本ケーブルテレビ連盟などは公的個人認証サービスをケーブルテレビ経由で利用できる実験サービスを2014年度から段階的に実施している。端末はKDDIが開発し、リモコンにリーダーを搭載している(写真1の右)。「採用する局があれば、2016年度中にも商用化したい」(KDDI)と製品供給に前向きだ。

 リーダーや対応端末はコンビニ業界が普及に協力してきた。セブン-イレブン・ジャパンは「マイナンバーカードの理念は我々も期待している。端末で利用できる民間サービスにも知恵を絞っていきたい」(商品本部サービス・雑貨部の岡嶋則幸統括マネジャー)と民間利用に前向きだ。例えば、現在も旅行保険など掛け捨て保険サービスを端末で販売しているが、契約時に身元情報をマイナンバーで取得する使い方が考えられるという。

 イベントのチケットをマイナンバーカードに代替させるアイデアもある。セブン-イレブン・ジャパンや提携先のぴあ、ローソンHMVなどが2016年3月に実証実験を予定する。転売を禁止するため、本人性を会場で効率的に確認できるかどうかを検証する。

 一方、これまでに挙がったインフラ面での課題を抜本的に解決できる可能性を秘める切り札がある。次に紹介するスマートフォンの活用だ。

スマホで身元確認機能
評価=◎
スマホがカードの代わりに

 マイナンバーカードの機能をスマホに搭載する構想は、政府が2015年6月に閣議決定した「日本再興戦略 改訂2015」に明記されている。

 政府計画は大きく2段階に分かれる。第1段階は、NFC機能をマイナンバーカードのリーダーとして利用できるようなスマホが2017年に商品化できるよう、技術基準などを整備する。第2段階は、携帯電話のSIMカードに電子証明書を搭載し、スマホで公的個人認証サービスを利用できる環境作り。2019年の実現を目指す。

 具体的な検討が総務省の懇談会で進んでいる。主査を務める東京工科大学コンピュータサイエンス学部の手塚悟教授によれば、検討の柱は「技術」「制度」「運用」の3つ。このうち技術については「SIMへの電子証明書の格納は確立した技術。欧米で電子行政分野での利用実績もある」(手塚教授)と言い、検証実験は必要だが大きな問題はない。議論の中心は制度と運用に移っている(図12)。

図12●SIMカードにマイナンバー関連の機能を搭載する
図12●SIMカードにマイナンバー関連の機能を搭載する
総務省が主催する懇談会で検討を進めている。公的個人認証サービス用の電子証明書をダウンロードしてスマートフォン側に取り込めるサービスが有力だ。
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 制度面では、カード内蔵の電子証明書に対してSIM向けに発行する「サブ証明書」の位置付けと整理がポイントになるという。サブ証明書が利用できる業務はどこまでか。サブ証明書1つを1台のスマホだけに発行するか、一定の条件で複数枚発行でき利便性を高めるのかなどを制度面で整理する必要がある。

 運用面では、市町村などで対面で手続きする方法もあるが、「利便性が高いダウンロード方式を最有力として検討が進んでいる」(手塚教授)。2017年にはAndroid搭載機を中心にマイナンバーカードを読めるスマホが商品化されると見られる。このスマホにマイナンバーカードをかざせば本人確認ができる。リーダー付きパソコンで手続きする方法もあるが、カードをかざした端末のSIMにサブ証明書を発行するのが最も使い勝手が良い運用だ。

 マイナンバーカードは身元証明書にもなるが、裏面の番号はできる限り秘匿するなど、携行や店頭での提示をためらわせる面もある。使い勝手とリーダー普及の両面で、スマホは課題解決に役立ちそうだ。

 焦点は携帯電話大手の姿勢だ。手塚教授によれば「作業班での大手3社の関係者の発言はおおむね前向きだ」という。身元確認機能は例えばオンライン取引との相性が良い。おサイフケータイなどに迫る社会インフラに育つ可能性も秘めている。

カードを利用する民間アプリ
評価=△
コストと用途の折り合いが困難

 高市大臣の発言で、マイナンバーカードの様々な活用シーンが注目を集めた。技術面で想定しているのはICチップの空き領域を有償で開放する使い方だ。

 一般にはこの領域でポイント蓄積や来店履歴などを管理するアプリも搭載できるが、政府や総務省が描くのは「カード保有者を識別する単純な『ID』を書き込む」(マイナンバーを担当する政府高官)方式だ。カードをかざしたらIDだけを読み取り、ポイントや顧客履歴はサーバー側で管理する。カードに搭載するアプリが極めて簡素で済む。

 顧客を識別するIDは複数の事業者がそれぞれ発行・管理し、カードに複数IDが入ってもよい。ただし各社がばらばらにICチップの領域を使うのは非現実的なので、政府は限られた事業者や団体に集約したいようだ。

 例えば図書カードや施設貸し出しなど行政分野で使えるIDを発行・運用する団体が一つ。民間からは横断的にIDを運用する少数のインフラ事業者が名乗りを上げるといった具合だ。

 問題は政府が掲げる応用例が散漫になりつつあり、必然性が薄い用途も含まれる点だ。銀行カードやクレジットカードに使うにはIDが詐称に耐えられるかなど厳格なセキュリティ対策が必要だ。業界標準のIC内蔵カードなどを採用している金融業界にとって「マイナンバーカードを使うメリットが見えにくい」(関係者)との指摘もある(図13)。

図13●マイナンバーカードの空き領域を民間活用する利点と課題
図13●マイナンバーカードの空き領域を民間活用する利点と課題
国民がマイナンバーカードを携行するかなど普及に関する課題と、民間で普及する規格との互換性に関する課題がある。
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 マイナンバーカードの民間活用に力を入れるセブン-イレブン・ジャパンも「レジ側には対応するリーダー機能がない。情報端末で利用するサービスには注力しているが、当社の場合は(nanacoカードがあるので)決済系に導入する利点は薄い」(岡嶋統括マネジャー)と話す。

 金融カードなど高セキュリティの用途では、ID方式でなく、先に紹介した公的個人認証サービスの身元確認機能を活用する方法もある。逆に言えば、カードに簡易なIDを埋め込む方式は、例えば1回0.1円未満などシステム利用料がはるかに少なければ、ポイントや会員証などで需要が生まれるかもしれない。ただし同様の機能はnanacoや交通系などFeliCaカードを使う決済サービスやおサイフケータイにもある。民間サービスと競合を起こしている側面は強い。

 そして最大の課題は、番号が記載される裏面に注意しながら、国民にどうマイナンバーカードの携行を受け入れてもらうかになりそうだ。

マイナポータルを民間活用
評価=△
公共系企業はワンストップに期待

 「マイナポータル」は、国民が自分の番号の利用履歴(行政機関がいつ何の目的で参照したか)を確認するための政府サイト。2017年1月に稼働する予定だ。

 履歴確認のほか、政府からの通知事項を知らせる「プッシュ通知機能」や重要な行政書類を電子的に送受信できる「電子私書箱」などの機能を実装する。マイナンバーカードとリーダー付きパソコンで利用することで、自宅でも電子行政サービスを利用可能になる(図14)。

図14●マイナポータルの利用イメージ
図14●マイナポータルの利用イメージ
本来の機能は番号の利用履歴を確認したり行政機関からの通知を受け取ること。加えて政府は1度の申請で行政と公共的な民間サービスの様々な変更手続きを簡素化できる「ワンストップサービス」を2020年までに実現させるなどの計画を立てている。
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 様々な民間活用が検討されており、「(LINEなど)普及するソーシャルメディアでも通知を受け取れるようにするほか、民間ポータルとの連携も検討している」(内閣官房社会保障制度改革室)という。

 注目できるアプリケーションは、政府が2020年ごろの実現を目指すワンストップサービスだ。引っ越しや婚姻など行政手続きから水道、電気、保険まで必要な手続きをオンラインでまとめて手続きできるサービスだ。

 日立コンサルティングは、マイナポータルのワンストップの活用に注目して制度を研究している。「運送業や保険、電気、通信などの業種では、住所変更のワンストップサービスは民間サービスの効率化にもつながる」(同社の山口信弥ディレクター)と指摘する。

 特に公共系企業は動向を注視しておきたい。ただし未知数の部分が多く、現時点でビジネス活用を急ぐ必要はなさそうだ。

eLTAX▲
地方税ポータルシステム。政府が運営する地方税の電子申請の窓口。
e-Tax▲
国税電子申告・納税システム。国税庁が運営する。
JLIS▲
地方公共団体情報システム機構。総務省が管轄する。
PKI▲
Public Key Infrastructure。公開鍵基盤。
NFC▲
Near Field Communication。近距離無線通信技術の一つ。
懇談会▲
「公的個人認証サービス等の利活用推進の在り方に関する懇談会」がサービス全般の民間活用策を議論し、その下にある「スマートフォンへの利用者証明機能ダウンロード検討サブワーキンググループ(SWG)」がスマホ活用策を検討する。SWGの主査が東京工科大学の手塚悟教授。