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 2016年3月25日、ヤンゴン証券取引所に鐘の音が鳴り響いた。2015年12月に開設したミャンマー初の証券取引所における上場第1号を記念するものだ。2011年に民政移管して以降、ようやく資本市場発展のためのスタート地点についたといえる。同取引所設立に当たって、取引システムの構築に奮闘したのが、古くからミャンマーに進出していた大和総研だ。副社長として、証券取引システム構築の指揮を執った鈴木孝一氏に話を聞いた。

(聞き手は岡部 一詩=日経コンピュータ


写真1●大和総研の鈴木孝一 顧問
写真1●大和総研の鈴木孝一 顧問
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ヤンゴン証券取引所のシステム構築を担当することになった経緯を教えてください。

 日本の大手証券会社は大和証券を含めて、新興国向けに経済関連の教育プロジェクトを手掛けていました。30年も以前からのことです。それは軍事政権下にあったミャンマーも同じ。ところが4~5年前に、同プロジェクトの契約が、一旦切れることになっていた。今後どうするかという話をしていたちょうどそのころ、ミャンマーで民政移管が進みだしたのです。

 日本では政府もミャンマーに対する様々な施策に取り組み始めていて、国際協力機構(JICA)からも同国の金融インフラ支援などの話が来ていました。それが証券取引所開設の支援につながるわけです。金融の近代化や経済発展、企業育成といった分野に寄与するのは、大和証券グループとしての役割でもあります。

 リスクの高い案件であることは分かっていました。まだルールが決まっていないところにシステムを持ち込むわけですから。ミャンマーには取引所システムが分かる人材はいない。そもそも証券会社がほぼない状態です。これが何を意味するかというと、要件定義をする人がいないということ。日本のITベンダーが苦手とする状況なわけです。

 けれど、手を引くべき案件ではなかった。既にルールがあってシステムが整備されている市場はリスクも低いけれど、うまみも少ない。インフラとなる情報システムを海外輸出して、ビジネスにつなげることは非常に大切です。そもそも欧米市場では外資系ITベンダーになかなか勝てないのに、アジアでも勝てなければ我々日本のITベンダーに将来はない。

 新興国でビジネスをするのは大変です。それはシステム開発に限った話ではありません。実際、痛い目にも遭いました。それでも人材が育ったのは確かです。

写真2●ヤンゴン証券取引所として初の株式上場の様子
写真2●ヤンゴン証券取引所として初の株式上場の様子
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