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自治体でも健康医療・介護分野で取り組み

 国内の自治体の政策現場でも、健康医療分野や介護分野を中心に、EBPMの考え方を取り入れた取り組みがあります。

(1)広島県呉市の事例

 広島県呉市では、診療報酬明細(レセプト)データや健康診断データを活用して、医療費の増加要因となり得る被保険者(生活習慣病予備軍や糖尿病重症化高リスク群、重複・頻回受診者、先発医薬品利用者)を抽出し、データの分析結果を基に医療関連情報サービスを提供しています。

 糖尿病性腎症が重症化して人工透析に移行すると、1人当たりの年平均医療費は約600万円かかります。このため、糖尿病の危険因子や腎機能障害が進行している人を早期に把握するとともに、分析結果を通じて事業のPDCA(Plan-Do-Check-Action)サイクルを回して改善しています。具体的には、患者各人の症状のステージに合わせた指導や個別の保健指導、先発医薬品利用者へのジェネリック医薬品との差額通知など、様々な取り組みを実施しています。

 具体的な効果として、差額通知によってジェネリック医薬品へ8割が移行したことで、累積薬剤費削減額は2008年7月から2015年3月までで8億5771万円(通知数3万299)に上ります。糖尿病性腎症重症化予防事業でも、2010年度から2013年度の指導実施定員260人のうち指導対象者からの透析移行者は0人で、呉市全体の新規透析患者数の減少に貢献しています。

(2)大阪府寝屋川市の事例

 大阪府寝屋川市では、2018年2月から一般財団法人の医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構と共同で、介護予防事業などを通じた予防理学療法の活用効果に関する検証プロジェクトを実施しています。

 介護保険法に基づいて実施している介護予防・日常生活支援総合事業において、予防理学療法を組み込んだ短期集中通所型サービスの利用が虚弱高齢者の身体機能の向上、社会参加、介護サービス未利用状態の維持に与える効果を評価する取り組みです。サービスの利用を開始するタイミングが異なる場合の結果を比較することで、予防理学療法の有効性を統計的に検証する試みです(図表7)。

図表7●予防理学療法の有効性を統計的に検証する大阪府寝屋川市の取り組みでの対象者の分類
図表7●予防理学療法の有効性を統計的に検証する大阪府寝屋川市の取り組みでの対象者の分類
出典:大阪府寝屋川市 資料(http://www.city.neyagawa.osaka.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/39/kyoteisiryou.pdf)
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 介護保険のサービスや従来の介護予防・日常生活支援サービスを利用した方がよいのか、理学療法士の力を借りつつ地域での活動や社会参加を通じた介護予防に取り組んだ方がいいのか、その差がはっきりしていなかった部分を明らかにすることが狙いです。

AIの活用や研究者との連携が重要に

 EBPMの推進では、適切なエビデンスの評価が求められますが、エビデンスとなるデータの集約や分析を従来のように人手だけに頼っていると、時間的な制約が大きいうえに政策担当者の負担も膨大になってしまいます。

 データの適正な収集・統合・処理やデータマネジメントを実施するため、必要な情報の探索、分析、解釈などの支援に活用できる技術として期待されているのがAI(人工知能)などの新たなICTです。従来では取得できなかったようなデータを大量かつリアルタイムで取得し、それをAIで分析・検証することにより、これまでのような事前・事後の効果検証だけでなく、事業の実施期間中に効果を測定して事業の見直しを繰り返しながら、成果を追求していくこともできるようになる可能性があります。

 こうした取り組みはまだ始まったばかりであり、効果の検証が不可欠ですが、同様の取り組みは今後も拡大していくでしょう。

 EBPMの推進に当たっては、エビデンスとなるデータの制約や実装の難易度を考慮するとともに、実施する政策の性質に応じた適切な分析手法を選択する必要があります。政府機関や自治体が主体となって実施する案件では、すでに研究者が独自に分析を進めているケースもあり得るので、大学や研究機関との協調・連携を検討することも重要でしょう。

 今後は、健康や資産などの機微な個人情報を含む機関内部データや、民間のビッグデータなどと連携させたり、AIを活用した洗練された分析手法を用いたりすることで、これまで検証が難しかった政策にも新たな光を当てられるようになるかもしれません。

 そのためには、施策の性質に応じたエビデンスの取得方法に関する手法の確立、有効な適用分野の見極めなど、EBPMを推進するための知見を蓄積・共有していくことが望まれます。