企業では、モバイルデバイスをメールやWeb閲覧などの「情報ツール」として活用し始めている。一方、業務アプリをモバイル向けに展開する「業務支援ツール」としての導入は遅れている。本連載では、業務向けモバイルアプリ導入について、企画段階で把握すべき知識を解説する。まずはモバイルデバイス特有の考慮すべきポイントをPCと比べながら紹介する。

 企業内で急速に普及を遂げた、スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスは、よく小さなPCにたとえられる。しかし業務用アプリケーション開発の観点では、ユーザーインタフェースやセキュリティなど、PCとは多くの相違点がある。

ユーザーインタフェースが最も違う

 ユーザー(社員)が直接操作する業務用アプリケーションでは、機能もさることながら使い勝手の良いユーザーインタフェースが必要になる。モバイルデバイスとPCで、考慮すべき要素が大きく異なる。

想像以上に低い情報表示能力

表 PCとモバイルデバイスの情報表示能力の比較
スマートフォンの情報表示能力は低い
表 PCとモバイルデバイスの情報表示能力の比較
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 文字の大きさが同じなら、モバイルデバイスの情報表示能力はPCに比べて非常に低い()。現在のノートPCの画面サイズは、モバイルタイプなら10インチから13インチ、大型ノートPCは15インチ前後が一般的だ。

 スマートフォンは、少し前の世代まで含めると4~5インチが主流。6インチだとスマートフォンとしてはかなり大きい。タブレットは画面サイズが7インチや8インチの小型と、10インチ前後の大型の2系統がある。

 表示量は画面の面積に比例する。タブレットの表示量は13インチのノートPCの6割、スマートフォンでは1割程度しかない。PC向けに作られた画面をモバイルデバイスにそのまま流用するのは難しい。

 情報の閲覧に限れば、画面の小さなスマートフォンでも、ピンチイン/ピンチアウト操作により、ある程度は表示量の少なさをカバーできる。しかし、複雑な表示や選択操作は画面サイズの大きなデバイスが有利だ。

長文入力が苦手

 モバイルデバイスの文字入力は、ソフトウエアキーボードが基本だ(図1)。大きさやタッチしたときの感触の違いにより、PCのハードウエアキーボードと比べて、モバイルデバイスは長文の入力にあまり向いていない。

図1 ソフトウエアキーボードの例
キーの大きさが変えられる
図1 ソフトウエアキーボードの例
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 特に画面が小さいスマートフォンは、ソフトウエアキーボードに使えるスペースも小さいため、選択ミスが発生しやすい。1本指で1文字ずつ入力せざるを得ないためどうしても速度が低下してしまう。

 文字入力も、画面サイズの大きなデバイスが有利。ただし、アプリ側に工夫を凝らすことで、文字入力の手間を減らすことも可能だ。

選択する対象のサイズに注意

 モバイルデバイスは指で操作するため、マウスのように高い精度で特定の場所を選択することは難しい。指の操作で選択する対象には、ある程度の大きさが必要になる。

タッチに誤操作はつきもの

 モバイルデバイスでは、ドラッグやフリック(指を滑らせるように弾く操作)で画面をスクロールさせる。しかし、画面にタッチしている時間が短いと、誤ってタップ(一瞬画面に触れる操作)と認識されてしまうことがある。また、人差し指でタップしようとして、別の指で誤った部分をタップすることもあり得る。ユーザーインタフェースを設計するときは、タッチ操作には誤操作がつきもの、と考えておく必要がある。

図2 発信先選択画面の例
誤操作ありきで設計する
図2 発信先選択画面の例
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 例えば、画面をスクロールして顧客を選択し、電話をかけるアプリの場合、相手の情報が画面内のリストにないときは、下方向にフリックして画面をスクロールする(図2)。この操作がタップとみなされると、モバイルデバイスはユーザーが想定していない顧客に電話をかけてしまう。

 モバイルデバイスはPCに比べてユーザーインタフェースに関して留意すべき点が多くある。個人利用ではあまり気にならなかったことが、業務用途では重要になる。企業が業務アプリを導入する事例で、画面の大きなタブレットが採用されることが増えている理由も納得できるだろう。

 モバイルデバイスの業務利用では、こうしたユーザーインタフェースの特徴を理解し、適切な対策を考える必要がある。業務アプリは、業務効率を改善するために導入するものだ。しかし、機能が優れていても操作性が悪いため、導入に失敗した例は多数ある。最終的には、プロトタイプを使って操作性を検証することをお勧めする。

セキュリティやネット環境の考慮点

 セキュリティに対する考え方や一般的なネットワーク環境などもPCとモバイルデバイスは異なる。

セキュリティ対策が必要

 モバイルデバイスは、社外から社内システムへ接続することが一般的だ。インターネット経由で接続する場合、十分に対策しないと不正アクセスや情報漏洩のリスクが高くなる(図3)。

図3 ネットワーク上のセキュリティリスク
外部ネットワークを使わざるを得ない
図3 ネットワーク上のセキュリティリスク
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品質が変動するモバイル通信環境

 モバイルデバイスのネットワークは、利用する場所によって通信品質が大きく変動する。通信が遅くなったり、通信中に接続が切れたりする場合があり、ネットワーク圏外では通信そのものが利用できなくなる。こうしたネットワークの課題への対策は整理しておく必要がある。

ハードウエアとOSの短いライフサイクル

 PCでは、Windows 8が発売された後もWindow 7の端末を継続して使い続けるように、企業が新OSをすぐに採用せず、バージョンを古いものに固定しておくことも珍しくない。全社を同じバージョンでそろえれば、運用・保守の手間を軽減できるからだ。

 ところが多くのモバイルデバイスではOSがハードに組み込まれており、OSだけをインストールし直すことはできない(図4)。さらにモバイルOSは、頻繁にバージョンアップされており、通常は新機種にはその時点の最新バージョンのOSが搭載される。

図4 PCとモバイルデバイスで大きく異なるハードウエアとOSの関係
モバイルデバイスはOSが不可分
図4 PCとモバイルデバイスで大きく異なるハードウエアとOSの関係
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 古いOSを搭載した旧モデルを購入しようとしても、発売から1年間程度しか流通していない。前述の通り、古いバージョンのOSを新しい機種にインストールすることは一般的ではない。モバイルデバイスでバージョンの固定は難しい。

機種ごとの動作確認テスト

 PCではOSのバージョンごとに、アプリの動作を確認することが一般的だ。ハードウエア構成がほぼ同じであれば、メーカーや機種によって業務用アプリケーションの挙動が著しく変わることはない。

 モバイルデバイスではOSだけでなく、機種によって動作が異なることがある。OSのバージョンが同じでも、機種ごとにアプリの動作確認テストが必要になる。

バッテリー切れの心配

 モバイルデバイスはバッテリーによる動作が基本だ。バッテリー駆動時間は機種により異なるし、同じ機種でも長期間使っていると劣化でバッテリー駆動時間が短くなる。外出先で、バッテリー切れによりアプリを使えなくなる可能性が少なくない。

紛失、盗難のリスクもある

 モバイルデバイスは、紛失・盗難に遭遇しやすく、情報漏洩リスクが高くなる。こうしたリスクには、データ処理モデルとアプリの仕様で対応する。

 ここまで述べたように、モバイルデバイスを業務で利用するには、さまざまな考慮すべき点がある。特に、PCとのユーザーインタフェースの違いと情報漏洩のリスクはモバイルならではの大きな問題であり、十分な対策が必要になる。

 使い勝手が悪いユーザーインタフェースでは、ユーザー(社員)に利用されなかったり、アプリを利用することでかえって業務効率を下げたりしてしまう。情報漏洩がひとたび起こると、会社の存続さえ左右する大きな問題となりかねない。

まずは端末の画面サイズを決める

 続いて、モバイルの業務利用に当たって最大の課題となる、用途に適したハードウエアの選択について、考え方を整理しておく。

 ハードウエアの選択とは、主に業務アプリの画面サイズとOSを決めることだ。画面サイズはアプリケーションの操作性や画面デザインを左右する。小さい画面でも十分に使えるようにするのか、大画面前提でよいのかでアプリケーションの作り方が変わる。OSは、開発環境や実行環境の選択肢に大きく影響する。

 昨今のモバイルデバイスはタッチ対応スクリーンによる操作が基本だ。業務アプリでも、ユーザーの操作性が非常に大きな意味を持つため、まずはデバイスタイプ(画面サイズ)の絞り込みから始める。

 モバイルデバイスの選択肢には、スマートフォン、ミニタブレット、タブレットがある。情報の表示量及び文字入力の難易度と、携帯性はトレードオフの関係にある。企業にとって両者のバランスをどう取るかは難しい問題といえる(図5)。

図5 デバイスタイプによる表示量、文字入力、携帯性の違い
用途で画面サイズを選ぶ
図5 デバイスタイプによる表示量、文字入力、携帯性の違い
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 10インチクラスのタブレットで標準的なビジネス文書(A4用紙、文字サイズ10ポイント)を全画面表示した場合、文字がやや小さく表示されるものの、そのまま閲覧できることが多い。ミニタブレットで全体表示すると、文字が小さくてかなり見づらくなり、スマートフォンに至っては拡大なしに文字の判別は不可能になる。

 文字入力は、スマートフォンが指1本での入力が一般的なのに対し、タブレットとミニタブレットではソフトウエアキーボードのサイズが大きくなるため、両手を使った高速な文字入力が可能になる。

 特にタブレットで画面を横方向にした場合、PCの標準キーボードと同程度のサイズとなり入力が容易になる。表示と入力という基本機能は、画面が大きなモバイルデバイスが有利だ。

立って操作することも考える

 その一方で、画面が小さいスマートフォンは身に付けて持ち歩きやすいという優位点がある。ポケットから出してすぐに使用でき、軽量なため長時間立って利用することができる。

 タブレットやミニタブレットは、カバンから取り出してから操作できるようになるまで少し時間がかかり、長時間立って利用するとデバイスの重量を片手で支えることが苦痛になる。立ち仕事や短時間に頻繁に利用する用途には、機動性の高いスマートフォンが有利といえる。

 選択に悩んだときに筆者が提案しているのは、3種類のデバイスを実際に操作してみることだ。具体的には、業務で実際に利用するデータをPDFやWebページとして表示したり、メモ帳アプリを使って入力したりする。

 個人によっても評価が異なるので、複数の人が試して評価をまとめるとよいだろう。それでも迷ったときは、「大は小を兼ねる」という考え方で進める。次回は、ハードウエア選択のもう一つの大きな要素であるOSの選択と、セキュリティについて考慮すべき点を解説する。

末次 章(すえつぐ・あきら)氏
スタッフネット 代表取締役
日本IBM勤務を経て現職。iモード開始翌年の2000年から現在まで長期にわたり、さまざまなモバイルプラットフォームで業務アプリ開発に従事。その経験を広めるため、モバイルアプリ開発セミナーを毎月実施している。受講者は800人以上。最近はHTML5の活用に注力している。