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情報を確認しながら両手が使える、情報をすぐに確認できる、見た情報をそのまま送信できる――これがスマートグラスの三つの利点だ。今回は、スマートグラスの活用シーンを分類し、それぞれに適した用途や制約、スマートグラスそのものの課題、将来性を解説する。

図1 SAPジャパンが公開しているスマートグラスを活用するイメージビデオ
スマートグラスのメリットの一つはハンドフリー
図1 SAPジャパンが公開しているスマートグラスを活用するイメージビデオ
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 SAPジャパンは、スマートグラスを活用するイメージビデオを公開している(図1)。「SAP&Vuzixが提供するスマートグラスで工場労働者にハンドフリーのイノベーションを」との題が付けられたビデオは、スマートグラスを使って倉庫内の集荷業務が効率化される様子を示している。

 ビデオの内容はこうだ。まず「情報を確認しながら両手が使える」というメリットを生かし、集荷指示を参照しながら、フォークリフトを運転したり、両手で集荷作業したりすることで作業時間を短縮する。

 次に「情報をすぐに確認できる」点を生かし、人や他のフォークリフトの位置情報をリアルタイムで表示することで、衝突事故を防いで安全性を向上する。さらにビデオでは、遠隔地の専門家からフォークリフトのトラブルに対するビデオ会議による支援を受けて、業務の停止時間を最小限に抑えている。これが「見た情報をそのまま送信できる」というメリットだ。

業務の指示にスマートグラスを使う

 ビデオは活用例を集約しているが、ニーズごとに分類すると三つの業務ソリューション分野が考えられる。

 一つめは「作業指示ソリューション」だ。業務システムからスマートグラスに作業指示を送り、作業員はその指示を確認しながら作業する。指示を実行できない場合は、テレビ会議機能を使って目の前の状況を管理者や専門家に伝え相談する。急な指示変更は、作業員ごとにリアルタイムに通知する。

 作業指示ソリューションの事例としては、京都第二赤十字病院がある。手術に用いる大量の器具を棚から取り出して運搬する作業の指示をスマートグラスに表示。スマートグラスとバーコードリーダーを連動させ、器具の選択ミスを防止している。

 このシステムの導入により、準備作業の担当を看護師から派遣労働者に変更でき、看護師は1日当たり3時間を別の業務に充てられるようになったという。

 作業指示ソリューションの効果として、作業迅速化とミス防止などが期待できる。生産ラインでの組み立て作業、倉庫での集荷、建設施工、ファストフードや回転寿司など大量の注文を受ける厨房の作業などに導入できるだろう。

 ただし、スマートグラスに的確な指示を送るための業務システムの基盤整備から始めるとなると、導入に時間が掛かる。基盤が既に整備されている場合であっても、最適化した指示を出すためのシステム開発は複雑になる可能性が高い。

ハードル低いマニュアル参照型

 二つめは「マニュアル参照ソリューション」だ。生産ライン、機器のメンテナンス、ファストフードなどで適用できる。作業手順が分からなくなったとき、スマートグラスを操作して必要なマニュアルを入手し、その情報を参照しながら作業する。紙のマニュアルに比べ、変更管理が容易で動画表示も可能だ。

 米仏系多国籍の油田探査会社シュルンベルジェの例がある。油田探査機器の操作マニュアルを動画でスマートグラスに表示し、動画を確認しながら作業を行う。また、米ヤム・ブランズは、同社が展開する「KFC(ケッタッキーフライドチキン)」にて、新人教育向けにスマートグラスを使った調理マニュアルを開発し、実証実験中だ。

 熟練作業員にマニュアルなど不要と考えがちだが、慣れない新製品や、めったにない加工に対して思い込みの作業を行い、歩留まりが低下していることがある。一方、ファストフード店などのアルバイト店員が中心の現場では、手順を教育した後も頻繁に質問してくるため、他の店員の負担になっているという。

 マニュアルが表示できればよいので、複雑なシステム開発は不要。現在ある紙のマニュアルや動画を取り込むことで実現できるため、導入のハードルが低い。

 ただし、スマートグラス特有のユーザーインタフェースを使い、迅速にマニュアルを検索できて、見やすい画面を設計することは容易でない。スマートグラスの表示能力は限られるので、PC向けに作成されたマニュアルは編集しなければ使えない。

顧客満足度を高める手段にする

図2 2014年に実施された「代官山 蔦屋書店」での限定イベントのイメージ
Google Glassは企業での実証実験が進む(出典:カルチュア・コンビニエンス・クラブ)
図2 2014年に実施された「代官山 蔦屋書店」での限定イベントのイメージ
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 三つめは「来店顧客向けソリューション」。スーパーマーケットやショッピングモールなどの大規模店舗、美術館や博物館の展示ガイド、観光地案内に適用できるだろう。

 来店した顧客にスマートグラスを貸し出し、商品情報やお買い得情報を提供する。いわば仮想のPOPである。

 顧客がスマートグラスを通じて商品を見ると、商品の説明や関連商品、割引クーポンなどが表示される。店員に相談したい場合は、テレビ会議機能を使う。顧客ごとに異なった情報を表示することも可能。購入したい商品の場所まで誘導することもできる。

 来店顧客向けソリューションは、「代官山 蔦屋書店」が2014年末に期間限定で実施した例がある。来店した会員顧客にスマートグラスを貸し出し、特設コーナーの書籍を見てもらうと、解説やお薦めの音楽CDの情報が音声付きで提供される。

 このソリューションは、対面販売の良さと詳細情報の提供を組み合わせたもの。実店舗の強力なライバルとなったネットショップへの対抗手段として期待できる。ただし、顧客に貸し出すために、まとまった台数のスマートグラスを導入する必要があり、コストが高くなる。

Androidのノウハウが使える

 現在のほとんどのスマートグラスは、カスタマイズしたAndroid OSがプラットフォームだ。「Google Glass」はAndroid 4.4、米ビュージックスの「M100」はAndroid 4.0がベースになっている。データ処理、通信などの部分についてはAndroidスマートフォンでのノウハウをそのまま生かして開発可能。タッチ操作を代替するための製品独自のユーザーインタフェース(タッチパッド、ジェスチャー、音声コマンド、アプリ起動画面など)は、個別に仕様を理解してプログラミングする必要がある。複数の種類のスマートグラスに対応するには、機種ごとにアプリを作ることになる。

図3 Google Glassの「Glass Development Kit」のWebサイト(https://developers.google.com/glass/develop/gdk/)
Androidのノウハウが生かせるスマートグラスも
図3 Google Glassの「Glass Development Kit」のWebサイト(https://developers.google.com/glass/develop/gdk/)
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 アプリ開発を始めるには、 Androidの標準的な開発環境に加えて、製品独自のユーザーインタフェースを利用するための追加モジュールを手に入れる必要がある。

 Google Glassの「Glass DevelopmentKit」は無償でダウンロードできる(図3)。M100は、標準的なAndroidのSDK(ソフトウエア開発キット)が使えるものの、ジェスチャーや独自の音声認識エンジンを使うためのSDKは本体とは別売だ。

 スマートグラスのアプリ開発で難しいのは、ユーザーインタフェースの設計だ。小さな画面に情報を見やすく表示し、独自のユーザーインタフェースで簡単な操作を実現するには、試行錯誤を繰り返す必要がある。

図4 米ビュージックスのM100を、連携させたスマートフォンで操作している画面
スマートフォンと連携させ動かす
図4 米ビュージックスのM100を、連携させたスマートフォンで操作している画面
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 スマートグラスは進化の途上にあり適さない用途も存在する。まず、文書や図面の作成、データ入力、メール作成など、情報の入力・作成業務には向いていない。Google Glassは音声認識による文字入力ができるが、入力後の編集作業が容易ではない。M100は、Bluetoothで接続したスマートフォンから文字入力が可能(図4)。しかし、文書の作成はスマートフォンに直接入力した方が早い。

 書籍や設計図、診断用の医療画像など、大量の文字や高精細な画像が必要な業務も向いていない。一般的なスマートフォンの表示能力の約200万ピクセルに対し、Google Glassは約20万ピクセル、M100は約10万ピクセルと、10分の1以下でしかない。

継続利用には難点もある

 機能的な制約とは別に、スマートグラスの装着感や外観などに対して否定的な意見が少なからずある。

 まず、目が疲れる。スマートグラスの表示機能は目の前の数センチ先にある。通常の生活では、そうした短距離を注視することはないため、慣れていない。さらにスマートグラスの表示と焦点距離の異なる手元の作業を同時に見るために、目に負担が掛かる。スマートグラスの表示をまばたきなしで凝視していると、ドライアイを感じることがある。

 見にくさを訴える人もいる。加齢で遠近両用メガネを利用していると、その上にスマートグラスを着用しても、近くを見る部分のレンズが有効に働かず、小さな文字が見にくいことがある。

 普段メガネを使用していない人だと、顔にデバイスを装着し続けることに抵抗を感じるかもしれない。また、スマートグラスを装着した外観には、ほとんどの人が違和感を覚える。そのため、接客を伴う業務に活用するのは難しい。

 疲れや装着感以外の難点として挙げられるのは価格の高さだ。現状では安価なスマートフォンの数倍以上の価格であり、大量導入のハードルになっている。

 機能とは直接関係のないこうした課題については、ある程度は対応できる。短時間の装着から少しずつ慣らしていく、まばたきを意識的に行う習慣を身に付ける、厚生労働省が発行しているディスプレイの連続利用に対する「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」に準じて使用時間を抑制する、などで目の疲れやドライアイは軽減できる。

 小さな文字の見にくさは画面設計で対応する。しかし、外観や装着感はハードウエアの進化に期待するしかない。価格は時間がたてば低下するだろう。

機能面での限界は解消される

 スマートグラスの機能的な制約は、近い将来に解決される。空中に表示された仮想キーボードやデータをジェスチャー操作で自由に操り、入力業務に利用することができるようになる。画面の解像度の向上で、設計図の参照や画像診断なども可能になるだろう。メガネ型であるため、立体映像の表示も容易。視界全体に表示できるようにもなる。

 既に、これらの技術を組み込んだプロトタイプ「HoloLens」が米マイクロソフトから発表されている(図5)。市販製品がHoloLensのレベルにまで進化した時点で、スマートグラスは幅広い分野に利用できるデバイスとなる。ハンドフリーなどの優位点はそのままに機能的制約が少なくなるため、PCやスマートフォンなど他のデバイスを置き換えていく可能性が高い。

図5 米マイクロソフトが発表した「HoloLens」とその動作イメージ
仮想現実と組み合わせて使う端末もある
図5 米マイクロソフトが発表した「HoloLens」とその動作イメージ
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 もっと先の技術も研究されている。コンタクトレンズを使ったウエアラブルデバイスだ。この技術を使えば、外観や装着感などの課題も解決する。

 Google Glassの一般消費者向けテスト(Explorerプログラム)は、多くの批判にさらされた。キラーアプリケーションがない、プライバシー侵害の恐れがある、前方不注意で事故が起こる、長時間装着で中毒になる、装着するとオタクっぽくて恥ずかしい──などである。批判が先行し、活用方法について十分に議論されなかったと感じる。

 それに対し、企業ではスマートグラスの特長を生かした業務改善が着実に進んでいる。また、次々と新しいハードが発表されており、機能向上が急速に進むことが期待できる。今はスマートグラスの黎明期にあたる。この時点でいち早く導入すれば、競争力を高める強力なツールになるはずだ。

末次 章(すえつぐ・あきら)氏
スタッフネット 代表取締役
日本IBM 勤務を経て現職。iモード開始翌年の2000年から現在まで長期にわたり、さまざまなモバイルプラットフォームで業務アプリ開発に従事。その経験を広めるため、モバイルアプリ開発セミナーを毎月実施している。受講者は800人以上。最近はスマートグラスの活用に注力している。