PR
[画像のクリックで拡大表示]

 「今世紀最大規模のコンバージョン(変換)を無事に乗り越え、2017年1月4日からサービスインした。(予定通りの稼働で)新年早々安心した」。日本郵政グループのかんぽ生命保険の石井雅実社長(肩書きは稼働当時、以下同)は2017年4月、記者懇談会の挨拶をこう切り出した。

 石井社長が安心するのも無理はない。同社が挑んだのは約2万4000の郵便局がつながり、約2400万人の顧客と交わした約3200万件の保有契約(個人保険)を管理する基幹系システムの刷新プロジェクト。データ量は30億レコードにのぼる巨大な案件だ。総額1200億円を投じ、システム側だけで2200人が参画、7年がかりで完遂した。

かんぽ生命保険のシステム部門やかんぽシステムソリューションズが入居するビル(東京・品川)
かんぽ生命保険のシステム部門やかんぽシステムソリューションズが入居するビル(東京・品川)

 基幹系システムは1960年代に稼働し、直近では2001年に再構築していた。2009年にハードを入れ替えて使ってきたものの、NECの第四世代開発言語「IDLII」で開発した700万ステップのアプリケーションは2001年の再構築当初から仕様書が無い状況だった。今回の刷新ではメインフレームをNEC製から日本IBM製に換え、IDLIIをCOBOLに書き換えながら仕様書を回復。さらに法改正などに伴う保守作業の際にユーザー部門自ら仕様書を作成・修正できる体制を確立した。

 大規模システムの刷新だけに効果も大きい。ハードの調達・保守コストは刷新前の8年間で800億円かかっていたところ、今後8年間で40%に当たる320億円を削減できる見通し。アプリ開発費はこれまで5年間で500億円かかっていたところを、36%に当たる180億円を減らせると見込む。

 ユーザー部門が仕様書を作成する体制に変えたことで、ユーザー部門にシステムを理解する人材が増えた。アプリと開発・保守体制は機能別から業務別に再編。「将来にわたって正確、迅速、簡易な事務処理を達成できる土台が完成した」と石井社長は胸を張る。

 かんぽ生命は新システム稼働を機に高齢者向け事業の強化に向けたIT戦略を展開。米IBMの意思決定支援システム「Watson」活用などに乗り出す。

図 基幹系刷新プロジェクトのスケジュール
7年間と1200億円を投じて刷新した(かんぽ生命保険の資料を基に編集部作成)
図 基幹系刷新プロジェクトのスケジュール
[画像のクリックで拡大表示]

仕様書のないシステムを刷新

 基幹系システムを含む業務システム全体の刷新を検討し始めたのは、かんぽ生命が民営化した翌年の2008年。日本IBMがコンサルティングを担当し、査定業務にイメージワークフローを導入した新契約システムや保険金の支払いシステムなど7システムをこれまでにオープン化した。

 一方、3200万件の保有契約に関する顧客や契約を管理する業務処理系と呼ばれる基幹系システムは、信頼性と処理能力の観点から引き続きメインフレームで稼働させると決めた。旧システムを稼働させていたNEC製メインフレームの保守サポートが2017年1月に切れることから、同月までに新システムを稼働させる計画を策定。2009年11月の経営会議で承認した。

 移行の基本方針はメインフレームを新機種に刷新してIDLIIアプリをCOBOLアプリに書き換える「リライト」をベースに、一部の機能改善を加えるものだった。要件定義と基本設計はニッセイ情報テクノロジーが落札。システム基盤とアプリケーションの移行は日本IBMが落札した。

 かんぽ生命には今回のシステム刷新で解決したい課題が三つあった。「高止まりするシステムコスト、民間生保の半分程度にとどまる開発生産性の低さ、システム障害が発生するなど民間生保を下回るシステム品質」――プロジェクトでPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)のメンバーだったかんぽ生命の酒井則行システム企画部企画役はこう話す。

 一般的に、システムコストのうちハード部分はシステム刷新によって価格対性能比が向上するため低減が見込めるものの、ソフト部分は生産性を高めないとコスト削減にはつながりにくい。かんぽ生命で生産性や品質が低かった原因は「システムの機能について記した仕様書が旧システムに無かった」(酒井企画役)ことにあった。

 仕様書が無いための苦労は毎年2回、必ずやってきていた。同社では毎年4月と10月に法改正対応でシステムを大幅に修正するのが通例。ここではまず事務企画部や新契約部、契約管理部といったユーザー部門が業務要件を定義する。

 業務要件はそのままシステム開発子会社であるかんぽシステムソリューションズ(かんぽSOL)に渡され、SEがシステム仕様を練る。だが改正項目によって業務要件の詳細度や網羅性がバラバラなうえ、業務フローが無かったり、画面や帳票といったユーザーインタフェースも指定されていなかったりするケースが多かった。

 「システム仕様を詰めるため、かんぽSOLはユーザー部門に大量に質問し、両者が多くの時間をかけていた」(同)。仕様書が無いため、「そもそもなぜこの機能が必要なのか」「このデータ項目の意味は何なのか」「修正の影響範囲はどこまでなのか」といったことが分かりにくく、調査に時間がかかっていたという。

 「要件定義の精度を高められないままシステムを作ってしまい、手戻りや障害が少なくなかった。ユーザー部門から不満の声が上がっていた」(同)。法改正対応ごとに変更箇所の仕様書は残るものの内容はまちまち。ソースコードはどんどんスパゲティ化し、その後の法改正対応に悪影響を与えるという負の循環に陥っていた。

 加えて、大量の夜間バッチ処理を翌朝までに終了させるため、メインフレームが稼働するセンター(拠点)を東日本と西日本に設け、それぞれの地域の処理を分担させていた。各種マスターデータも東西2カ所で必要となり、データ管理の手間がかかっていた。

 保守性が悪化していたなかでも稼働し続けていたのは「仕様書が無くてもシステム全体を把握するベテランのシステム要員がいたから」(同)。ただベテランも高齢化により現場を離れる時期に差し掛かっていた。

図 基幹系システム刷新プロジェクトの課題と工夫
難題を2段階移行で乗り切った
図 基幹系システム刷新プロジェクトの課題と工夫
[画像のクリックで拡大表示]

“お役所”組織から脱却

 プロジェクトの成功は全社的な協力体制の構築が不可欠と考え、石井社長・南方敏尚副社長を頂点としたトップダウンの体制を敷いた。かんぽ生命はシステム面のみならずビジネス面も監督するプロジェクトの「施策オーナー」にCIO(最高情報責任者)である井戸潔副社長を任命。経営企画部と事務企画部の担当役員が補佐役に就いた。井戸副社長は安田火災海上保険(現損害保険ジャパン日本興亜)でシステム部長を務め、傘下のシステム子会社社長や生命保険会社専務を歴任し、2013年6月にかんぽ生命に入社した。

 施策オーナーの下、システム企画部がプロジェクト推進の中心となり、システム企画部長の横山政道執行役員が統括PM(プロジェクトマネジャー)に就いた。システム企画部の約100人のメンバーはアクセンチュアと共同でPMO兼CIOオフィスを運営し、品質管理などに当たった。

 システム開発の実働部隊はかんぽSOLの社員700人。かんぽ生命の酒井企画役がかんぽSOLの常務執行役員を兼務して意思疎通を円滑にした。ここに日本IBMを中心にNECや野村総合研究所などパートナーが参画した。

 システム企画部による統括の下、ユーザー部門の実働部隊は20部門にわたり、仕様書作成やテスト工程に参画。さらにITガバナンスを担うシステム管理部を新設し、内部監査部と監査法人のトーマツがプロジェクトをモニタリングして透明性を高めた。

 「ここを乗り切って会社を変えよう!」。プロジェクト中、井戸副社長は毎月定例のオーナー会議に毎回出席し、50~100人の中核メンバーを前に熱っぽく語り、叱咤激励したという。プロジェクトの最終段階では新システムの追加要件を凍結し、全社を挙げての総合テストは1年に及んだ。移行リハーサルは4回実施し、稼働直前の2017年1月2日はユーザー部門が出社して移行を最終確認。「トップの強い関与が無ければ成し得なかった」と酒井企画役は振り返る。

 かんぽSOLで次期基幹系プロジェクト推進室の副部長を務めた本池智明氏は「井戸副社長の陣頭指揮に、民間で培った『組織を引っ張る力』を感じた」と話す。「印象深いのは『(プロジェクトにとって)いいと思ったらやりなさい』と声をかけてもらったこと。マスタースケジュールに抵触しない限り裁量を認めてくれた」(本池副部長)。

 システムの中身や開発体制を変えただけでなく、プロジェクト運営も民営化前の官僚的な運営から、トップと現場が一体となって推進する運営に変わったようだ。

図 基幹系システム刷新プロジェクトの開発体制
トップダウンの体制を敷いた(かんぽ生命保険の資料を基に編集部作成)
図 基幹系システム刷新プロジェクトの開発体制
[画像のクリックで拡大表示]

プログラムの非互換に苦しむ

 刷新プロジェクトは2013年6月からアプリの移行に着手した。9カ月間で旧システムの仕様書を作成し、プログラム移行の準備をした。日本IBMは中国・大連にオフショア開発会社を新設。最大800人が旧システムのプログラムをリバースエンジニアリングして仕様書を作成、テストも担当した。

 日本IBMはツールを活用して品質を向上する策を考案。米IBMの「コンバージョンセンター」が持つ移行や単体テスト自動化、影響分析などの各種ツールを修正して使った。

 かんぽ生命は当初、プログラムを移行しながら開発生産性や品質を高めるための追加開発も進める予定だった。これに対して日本IBMは入札時、まず全プログラムを移行してシステムを稼働できるめどを付けてから、生産や品質を高める要件や法改正対応を追加開発する進め方を提案し、かんぽ生命が採用した経緯がある。この提案は日米のIBMが協議した結果という。

 今回、IDLIIとCOBOLの非互換を乗り越える必要があった。「旧システムではキー項目となる証券記号番号の一部にビットを使い11桁を6バイトで表現していた。COBOLでは扱えないので11バイトで表現し直したが、ほとんどのプログラムに影響した」(日本IBMでPMを務めたGBS事業本部保険・郵政サービス部の木村博理事)。

 日本IBMは東京基礎研究所などからツール開発に長けたメンバーを集め、2014年2月に移行ツールを完成。テストでも「大きな問題は見つからなかった」(同)。

 移行準備を終え、プロジェクトチームは2014年3~4月に2017年1月稼働までのマスタースケジュールを引き直した。2014年5月から移行ツールを使ったプログラム変換と単体テストが始まったが、「想定していない非互換が次々に見つかった」(同)。例えば変数の初期値の非互換だ。IDLIIは変数に初期値が設定されていない場合は自動的にゼロが入力されるがCOBOLではそうした仕様はない。非互換が13個見つかったが、最も厄介だったのが「部分参照」だった。

 旧システムではプログラムで「ファイルの何バイト目から何バイト分を証券記号番号として読み込む」という部分参照のコーディングがあった。バイト数が変わったために証券記号番号の位置がずれ、新旧のプログラムで同じテストデータを使って結果を突き合わせると不一致となったのだ。

 判明したのは2014年8月から始まった結合テスト(前半)工程。8月からの3カ月間は移行ツールのバグ出しを目的にオンライン処理やバッチ処理で約6000個あったジョブネットの上流に絞ってテストし、部分参照が数件見つかった。日本IBMは部分参照が見つかるたびにそのルールを抽出して移行ツールに反映。テスト済みのプログラムを変換・テストし直した。

 部分参照の不具合が噴出し始めたのは結合テストの範囲を広げた2014年11月以降。「ジョブネットの下流や本流から分岐したエラー処理で大量に見つかった」(同)。人海戦術では立ち行かないと判断して既存の調査ツールをカスタマイズ、部分参照しているコードを洗い出した。

 それでも苦戦し、結合テスト(前半)工程は半年延びた。移行ツールに登録したルールは万単位まで増えた結果、移行ツールによる変換率は最終的に95.9%にまで高まったという。

 日本IBMは2013年以降、毎週月曜日と水曜日の午後7時から、大連を含むアプリと基盤の合計約30チームのリーダーが集まる課題検討会を欠かさず開催した。平均20人が出席して部分参照問題などの課題を全員で共有し、解決策を探った。

 プロジェクトに参加したIBMのメンバーは国内外で1600人に及んだ。「動員人数では過去最大」(同)という大規模プロジェクトを完遂できた理由を木村理事は「全体を2段階で進める、ツールで徹底的に変換するという方針を貫き、全員で課題解決に当たったからではないか」と振り返る。

図 プログラム移行の概要
プログラムの96%をツールで移行(かんぽ生命保険の資料を基に編集部作成)
図 プログラム移行の概要
[画像のクリックで拡大表示]

社内報を有効活用

 プログラム移行の結合テストが長引いたが、追加要件や法対応を取り込む後半ステップは予定通り2015年3月に始めた。業務ごとにアプリやデータを整理し、全ての帳票と画面を修正。使っていない資産を1割捨て、東西センターの本番機は東日本側に統一した。

 かんぽSOLは次期基幹系プロジェクト推進室の若手がテストデータ作成に奮闘。新契約・保全担当の鈴木かんな氏と料金担当の坂上文香氏は「外部設計書を1行ずつ読み解いて、ベテランやユーザー部門に確認しながらテストデータを作り続けた。スケジュールも自分で決めるので大変だったが技術者としての土台ができた」と話す。

 プロジェクトが後半に差し掛かるにつれ、テストは増加。同室の豊島英樹副部長が中心となって毎日250件をこなし続けた。「順序を組み替えたり多重度を上げたりして対応した」という。「現場が疲弊しないよう休暇や残業なしの日を作った」(豊島副部長)。

 2015年2月からは、2018年4月の法改正に対応した仕様書をユーザー部門が自ら作成する「開発態勢改革プロジェクト」も始まった。システム部門や事務センターのメンバーがユーザー部門に異動し、現場を助けた。

 負担が増える形となるユーザー部門にプロジェクトの意義を理解してもらうため、社内報も有効活用した。例えば2016年3月には井戸副社長ら施策オーナーの3人が表紙を飾り、「簡易生命保険100周年の原動力」との位置付けを訴えた。6月には公募した同プロジェクトの愛称を公表、7月には初心者向けの開発手順を掲載した。

 ユーザー部門側で企画に携わった事務企画部の南安担当部長は「ユーザー部門は当事者意識が薄かった面があった。これではいけないと考え、ユーザーが仕様書を書くことが『お客様対応の品質向上に直結する』と訴え、意識改革を促した」と明かす。

 システム企画部などと詳細なマニュアルを作成し、全社でトレーニングを展開。先行して参加した新契約部の浦宗みゆき主査は「自分の仕事がたくさんのシステムとつながっていることが分かった」と話す。今後も年2回の法対応による修正が続くが、ユーザー部門が責任を持って仕様書を作成・修正するため、将来にわたり保守性を保つことができそうだ。

図 かんぽ生命の社内報での工夫
ユーザー部門にやる気を起こさせる
図 かんぽ生命の社内報での工夫
[画像のクリックで拡大表示]