データ分析で企業の業績を向上させる「データエンジニア」への道を示す本連載。第1回はデータ分析の基幹となるデータウエアハウスの選定について、経営陣を説得させるコツを交えながら解説する。

 我が社も社内データを活用して業績を高めたいのだが、さて何から手を付ければいいのか…。

 昨今のビッグデータ分析の盛り上がりで、さまざまな企業の方からこんな悩みを打ち明けられることがあります。それも、企業のトップ層から、事業部門や情報システム部門など現場の方まで、悩みの中身は様々です。

 例えば情報システム部門の方なら「情報システム部門としてビッグデータの利活用に取り組みたくとも、経営陣や事業部門を説得して巻き込んでいくのが大変で…」「そもそも事業部門の方で、どのような分析が効果的かを明らかにしてくれないと、導入するITツールを選定しようもない」と嘆きます。

 その一方で、事業部門の方は「ビッグデータ分析には興味があるが、情報システム部門と話すのは大変だし、かといって自分にはシステムの知識はないし…」「ウチは店舗出身のメンバーが中心なので、データ分析のスキルを身につけさせるのは難しそう」といった悩みを聞きます。

 データを価値に結びつける──言うは易しですが、実行する現場にとっては、組織の壁、予算の壁、専門性の壁が高くそびえ立って見えるようです。

データ活用に3つのポイント

 「ガスト」「ジョナサン」など外食チェーンを運営するすかいらーくは、こうした壁を乗り越え、POS(販売時点情報管理)データの活用法を改善することで、大きな成果を上げることができました(図1)。この成果は、これまでのソリューションと比べて1桁ないし2桁下のコストで、店舗出身者が分析担当となり、取り組み開始から半年強で実現できました。

図1 すかいらーくは売上高を2.4%アップさせた一方、広告宣伝費を10%以上削減した
データ活用で成果を上げた
図1 すかいらーくは売上高を2.4%アップさせた一方、広告宣伝費を10%以上削減した
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 なぜ実現できたのでしょうか。こうした実績を話すと、多くの場合「すかいらーくさんは特殊なんですよ」と言われるのですが、私はそのようには考えていません。多くの企業に、壁を乗り越え、同じような成果を上げるポテンシャルがあると思います。

 私は経営コンサルティング会社、ゲーム会社を経て2013年にすかいらーくに入社し、データ分析のシステム基盤や社内体制をゼロから構築しました。そこで悪戦苦闘しながら経験したこと、例えば経営陣の説得、他の事業部門や情報システム部門との交渉や巻き込み、分析基盤の立ち上げなどのコツやノウハウは、多くの企業が同じように適用できるものだと思います。

 本連載では、私のすかいらーくでの取り組みや、他のユーザー企業のデータ分析担当者との議論を通じて得られた知見を基に、データ分析を成功に導く三つのポイントを解説します。皆さんのデータ活用の一助となれば幸いです(図2)。

図2 本連載のカバー範囲
データエンジニアの入り口を想定
図2 本連載のカバー範囲
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(1)データ分析の仕組み作り

 データ分析の基盤となるDWHや分析ツール/ソフトは、ここ1~2年で皆さんの想像以上に進化し、簡単かつ低コストになりました。詳細は後述しますが、このため経営陣や関連部門の巻き込みが容易になった上、分析担当者は難しい数式を勉強しなくても、データ分析の実務をこなすことができるようになりました。本連載では、進化した分析ツールを選定する上での考え方を紹介します。

(2)データ分析に必要なスキル

 ビッグデータ分析というと「とても難解な統計分析の専門知識が必要なのでは」と思われるかもしれませんが、実は大部分の分析には高度なスキルは必要ありません。数学で言うと企業で必要とされる分析の8割は小学校レベルの算数+αで十分です。連載の中で、データ分析担当者に必要なスキルを整理して紹介します。

(3)分析の鉄板アプローチ

 ビッグデータ分析で成果を上げた事例が積み上がった結果、データ分析で付加価値を出すための「鉄板」ともいえるノウハウ、アプローチが見えてきました。経営陣をどう説得するか、他の部門をどう巻き込むか、そんな現場のノウハウをお教えします。

「データエンジニア」の意味

 なお、本連載ではデータ分析担当者を「データサイエンティスト」ではなく「データエンジニア」と呼びます。それには二つの意味があります。

 一つは、データ活用で成果を上げるには、高度な分析スキルは必須ではない、ということを強調したかったからです。もう一つは、業績拡大を達成するための「攻めのIT」がますます重要になる中、エンジニアのバックグラウンドを持つ方に、是非企業の経営を牽引してほしい、という願いがあるためです。

 大学における理系の学問領域は「理学(サイエンス)」と「工学(エンジニアリング)」に大別されます。おおざっぱに言えば「理論的な探求を行い理論を進化させる」のが理学の役割で、「今の課題を解決する」のが工学の役割です。

 最先端の課題を解決する上で、理学は重要です。ただ、普通の企業に存在する課題すべてに必要ではありません。最先端の分析スキルを持つ「データサイエンティスト」でなくとも企業の業績を向上させることはできます。

 また本連載では触れませんが、すかいらーくでは今、モバイルアプリやオンラインデリバリーサイトなどのいわゆる「攻めのIT」が、業績を大きく牽引しています。このような「攻めのIT」に携わって実感するのは、エンジニアとしての経験がなければ、今後の経営戦略を描くことはできないということです。

 この連載をご覧の皆さんの中には、ITエンジニアの方も多いと思います。そうした皆さんに、企業を牽引する存在として、今後ますます活躍していただきたい。本連載のタイトルが「データエンジニア事始め」となっているのは、そのような想いからです。

データ分析の仕組みを作る

 社内データを活用するには、当然ながらデータ分析を行う仕組み、すなわちシステム基盤を作らねばなりません。その構成要素はデータウエアハウス(DWH)、分析ツール/ソフト、データ抽出/加工/投入(ETL)ツールの三つです。私がすかいらーくで構築したシステム基盤も、この三つを組み合わせたものです(図3)。

図3 すかいらーくが構築した データ分析基盤システム
クラウドを積極的に活用した
図3 すかいらーくが構築した データ分析基盤システム
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 連載第1回では、データ分析基盤のキモといえるDWHを取り上げ、その選定ポイントについて述べます。選定には色々な要素がありますが、私は現在のラインアップでいえば、クラウドベースのマネージドサービスが最も良いと考えています。その理由は三つあります。

(1)初期投資が少なくて済む

 データ分析基盤を導入する上で大きなハードルになるのが、「どのように経営陣/財務部門を説得するか」という難問です。情報システム部門の方の中には、説得力を持ったROI(投資利益率)をどう算定するか、頭を悩ませた方も多いことでしょう。

 実際、私がすかいらーくに分析基盤を導入しようとしていた2013年末当時は、社内にCFO(最高財務責任者)というポジションが新設されたばかり。CFOに対してどのように提案するかは非常に重要なポイントでした。

 私はそのような状況下で様々なソリューションを検討した結果として、やはりオンプレミスのソリューションは初期投資が大きくなり、それに見合うリターンを得られると提案しても、経営陣の納得を得るのは困難であろうと判断しました。

 こうした状況では、初期投資を抑えやすいクラウドベースのソリューション一択と考えていい。私はクラウドベースのDWHの導入を提案しました。目論見通りオンプレミスと比べて初期投資をかなり抑えられ、経営陣の承認を得ることができました。

 余談ですが、この時CFOへの説明に私が使った言葉は「うまくいけば莫大な利益があげられます。もし残念なことにうまくいかなくても捨てるコストはほとんどありません」というもの。これは非常に喜ばれ、スムーズな承認につながりました。

(2)セキュリティの不安が少ない

 「オンプレミスか、クラウドか」をめぐる論争のポイントの一つに「自社の情報が漏えいする恐れはないのか?」「データを外部に置いてもいいのか?」といったセキュリティに関する懸念があります。またSLA(サービス・レベル・アグリーメント)やサービスの継続性に対し、経営陣が懸念を示すこともあります。

クラウドの懸念は解消できる

 3年前であれば、こうした懸念を払拭し、経営陣を説得するのは難しかったかもしれません。ですが今では、クラウド導入の様々な事例/サービスが出そろい、このような懸念を解消することもだいぶやりやすくなってきていると感じています。

 例えばNTTドコモが提供する「ドコモ・クラウドパッケージ」という導入支援サービスは、経済産業省が定める「クラウドサービス利用のための情報セキュリティマネジメントガイドライン2013年度版」に準拠した形でクラウドを導入できるようになっています。

 このサービスは、米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が提供するクラウドベースのDWH「Amazon Redshift」をNTTドコモの事業部門が導入する際に、情報セキュリティ部門から渡された200項目を超えるチェックリストを一つひとつチェックしてセキュリティの問題がないことを証明した経験などが基になっているそうです。この事実は、AWSのクラウドサービスを使う上で、セキュリティ水準について経営陣を説得する大きな説得材料になりそうです。

 SLAについて付け加えますと、分析基盤などの情報系は「最悪、止まってもお客様にはご迷惑がかからない」という点でも、クラウドとの親和性は高いといえます。すかいらーくがクラウドでDWHの運用を開始してから1年以上経過していますが、DWHに由来する実質的なダウンタイム(分析したいときに分析できなかった時間)やトラブルは未だにゼロです。

(3)サイジングの必要がない

 情報システムの中でも、データ分析基盤ほど、将来の展開を予測するのが難しいものはありません。取り扱うデータがどれくらい増えるのかは、誰にもわからないからです。一般的なオンプレミスの情報システムであれば、システムを導入する上でサイジング(規模見積もり)がキモであり、どのようなデータをどれくらい入力するか、入力量はどれほどのペースで伸びるか、などをできるだけ正確に見積もることは非常に重要です。

 しかし実際の運用では、DWHを導入した後に突然、事業部門から「モバイルアプリを開発したので、そのデータも活用したい」「IoT(モノのインターネット)の活用を始めたい」「社内でデータ活用が広まり、DWHの処理速度が追い付かなくなったので何とかしてほしい」といった要望を出されることは十分に考えられます。

 だからといって、事業部門に対して「今後3年間でモバイルアプリを開発する可能性はあるか?その場合どのようなデータを収集することになるのか?その量は?」「IoTで何かやる可能性があるか?」と聞いても、きちんと答えが返ることはまれでしょう。このため私は、今の時代のDWHには、サイジングが不要なクラウドベースのものを使う以外にないと考えます。

 次回はデータ分析基盤システムの残りの構成要素について説明します。

神谷 勇樹(かみや・ゆうき)氏
すかいらーく マーケティング本部インサイト戦略グループ ディレクター
ボストン・コンサルティング・グループ、グリーを経て、2013年よりすかいらーくに参画。分析チームを立上げ、マーケティングのROI改善などにより業績改善に貢献。直近ではモバイルアプリの責任者としてデジタルマーケティング領域の強化を推進。