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監査室からのシステム改善要望は悪影響を伴うと判断し、目的を起点に、より良い施策を考えることになった・・。デザイン思考の三つの手順を踏む演習問題に挑戦し、あなたの実践力を磨いてほしい。

 デザイン思考の演習問題を前回に出しました。今回は、その答えを解説した上で、目的思考とデザイン思考の実践力を磨く方法を説明します。

 最初に改めて前回の演習問題2を示します。架空のITベンダーである日経ITソリューションズの中堅SE、大田さんの立場で挑戦してください。

BP家電販売の抱える問題

 BP家電販売では、今年に入ってから、中小小売店に販売した商品の代金未回収が連続して発生した。代金未回収の拡大を懸念した社長は、原因の究明と対策の検討を監査室に指示。監査室は、営業担当が得意先に支払い能力を上回る販売をしたことが原因と判断し、対策として販売システムの改善をシステム部に依頼した。それは、「得意先ごとに設定した受注限度額(以下、限度額)を超える受注を入力した際には、限度額超過のアラームを出し、処理が行えないようにする」というものだった。

 改善依頼をそのまま実施すべきか。迷ったシステム部の菅野部長は、信頼する日経ITソリューションズの大田に相談を持ちかけた。

 大田は目的思考を使い、その改善依頼を「代金未回収の防止には有効だが、売り上げの減少や得意先からの信用低下という重大な影響を発生させる」と評価した。そして、改善依頼(要望)の目的を「売り上げの減少や得意先からの信用低下を起こさずに代金の未回収を防止する」と捉え直し、新たに施策を検討して監査室へ提案すべきだと進言したのである。

 進言を受け入れた菅野部長は、大田に新たな施策の検討を依頼した。

演習問題2

 大田さんの立場でデザイン思考を使い、「売り上げの減少や得意先からの信用低下を起こさずに代金の未回収を防止する」という目的を実現する施策を考えてください。

演習問題2の解答・解説

 デザイン思考は、目的の実現に必要あるいは重要な要望・要件を抜け漏れなく抽出するスキルです。手順1「目的の確認」、手順2「観点の明確化」、手順3「要望・要件の抽出」に分けて考えていきます。

 大田さんは、デザイン思考の手順に沿って、目的を実現する新たな施策を考えました。以下に、大田さんが考えた内容を説明します(図1)。

図1 デザイン思考を使った代金未回収の防止施策の検討
デザイン思考で目的を実現する
図1 デザイン思考を使った代金未回収の防止施策の検討
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 大田さんは、まず手順1「目的の確認」で、これから検討する要望・要件の目的が「売り上げの減少や得意先からの信用低下を起こさずに代金の未回収を防止する」であることを改めて確認しました。

 その上で、目的を実現する要望・要件を検討します。ここで検討する要望・要件は「解決策」です。そこで手順2「観点の明確化」では、業務の仕組みを構成する五つの要素、「業務プロセス」「システム化内容」「制度・ルール」「組織・体制」「職場環境(設備・機器・人材など)」を、要件を抽出する観点として決めます。

 手順3「要望・要件の抽出」では、手順2で決めた五つの観点を使って、目的を実現するために必要あるいは重要な要件を抜け漏れなく抽出します。

 得意先から限度額を超える注文を受けた際、機械的に受注処理を行えないようにすると、売り上げの減少や得意先からの信用低下を招きます。かといって、限度額を超える受注を通常と同じように処理すると、代金未回収につながる恐れがあります。そのため大田さんは、事前に得意先からの受注が限度額を超過することを想定し、適切に対応することが重要と考えました。

 「制度・ルール」の観点から、「営業担当者は、受注額が一定額を上回った段階で、得意先からの受注が限度額を超える可能性を確認する」「得意先からの受注が限度額を超える可能性がある場合、事前に適切な対応を取る」「営業担当者が得意先の状況を確認するタイミングを決める(例:受注が限度額の70%を超えた時点)」「事前に申請・承認がない場合、限度額を超える注文は受け付けない」を抽出しました。

 「業務プロセス」の観点からは、「営業担当者は、受注が一定額を上回った段階で、得意先の状況を確認し、限度額を超える可能性、理由、金額を判断する」「限度額を超える理由が明確な場合、事前に営業所長へ申請し、承認を得る」「申請が承認された場合、得意先の限度額を一定額引き上げる」「限度額を超える理由が見当たらない場合、得意先に前入金をお願いする」「営業所長は、営業担当者の得意先フォロー状況を確認する」という要件を抽出しました。

 さらに「システム化内容」の観点から、「受注入力画面に、限度額に対する既受注額、受注可能額を表示する」「受注額が一定額を上回った際に、営業所長と営業担当者にアラームを出力する」「営業所長の承認に合わせて得意先の限度額を自動で引き上げる」「受注額が限度額を超えたら、アラームを出して処理できないようにする」を抽出しています。

 最後に、「職場環境」の観点から「営業所長、営業担当者に教育などを実施して、新しいルールや業務プロセスの趣旨、方法を徹底する」を、「組織・体制」の観点からは「営業所ごとに新しいルールやプロセスの管理責任者を決める」をそれぞれ抽出しています。

BP家電販売からの新たな依頼

 「得意先からの受注が限度額を超過することを想定し、事前に適切な対応を取るということだね?」

 菅野部長は内容を確認した。

 「はい。このやり方なら、限度額の引き上げや得意先との調整を事前に行えます」

 「そうすれば、売り上げの減少や得意先からの信用低下を防げるというわけだな」

 菅野部長は、うなずいて言った。

 「大田くん、この施策を成功させるポイントは何だろうか」

 「営業所長や営業担当者の方に、この施策の狙いや実施内容を十分に理解してもらうことだと思います」

 大田がしっかりとした口調で話を続ける。

 「営業担当者が得意先からの受注が限度額を超えそうなことを察知し、事前に対策を打たなければ、売り上げ減少や得意先からの信用低下は避けられませんので」

 菅野部長は大きくうなずき、少し間を置いてから言った。

 「分かった。この施策を監査室に提案してみよう」

 数日後、菅野部長は監査室の室長に、新たに検討した施策を提案した。室長は、もともとの改善依頼のリスクと新たな施策の有効性を理解し、システム部からの提案を受け入れた。

 1週間後、大田は菅野部長に再び呼ばれた。

 「大田くん、今回も助けてくれてありがとう。監査室の改善依頼をそのまま実行していたら、営業担当者や得意先から大きな反発を受けていただろう」

 「お役に立てて光栄です」

 大田はうれしそうな表情で言った。

 「昨日、販売システムの改善が社長に承認されてね。大田くん、手伝ってもらえるかな?」

 「ありがとうございます。精一杯やらせていただきます」

 大田は、目を輝かせながら答えた。

二つの思考技術を磨くには

 本連載の第6回から第9回では、要件定義を進める上で重要な目的思考とデザイン思考について、演習を交えて詳しく解説しました。ここからは、そのまとめとして、目的思考、デザイン思考を磨く方法を説明します。

 第6回、第7回の演習で用いた喜村食堂の例で分かるように、目的思考やデザイン思考が使える場面は、日常にたくさんあります。日常の場面で、目的思考やデザイン思考を繰り返し使うことが上達の近道です。

 目的思考やデザイン思考を実践できる代表的な場面を紹介しましょう。それは、自分が所属している会社で、新しい施策やルールが施行されたときです(図2)。

図2 目的思考、デザイン思考のスキルを高める方法
日常の場面でも目的思考・デザイン思考は鍛えられる
図2 目的思考、デザイン思考のスキルを高める方法
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 「オフィスの座席を固定席からフリーアドレスに変更する」「社宅の供給を廃止して住宅補助を支給する」「固定電話を撤去して全社員に携帯電話を持たせる」――。企業では業務の品質や生産性を高める改善を繰り返しています。それが社員に展開されたとき、目的や有効性が明確でないことがあります。そのようなケースで、目的思考を使い、新しい施策やルールの目的と有効性を理解し、デザイン思考でほかに実施すべき施策やルールについて考えるのです。

 例えば、「固定電話を撤去して全社員に携帯電話を持たせる」という施策が実施されたとします。これは、情報・通信機器の変更に関する施策なので、システムレベルの要件です。目的思考で、仕組みレベル、業務レベル、経営レベルの要件を確認します。

 例えば、仕組みレベルの要件は「電話を掛けた人が、用事のある相手に直接連絡を取る」、業務レベルの要件は「用事のある相手に短時間で連絡が取れるようにする」「電話の受け付け・取り次ぎ業務をなくす」、経営レベルの要件は「間接業務コストを減らし、顧客対応力を強化する」となります。

 現在、電話で連絡がつくまでに時間が掛かったり、電話の受け付けや取り次ぎに手間が掛かったりしているとすると、目的の重要性は高く、この施策は効果的です。また、この施策には悪影響は見当たりません。このように目的思考で、施策の目的や有効性を理解します。

 次にデザイン思考を使って、確認した目的を実現するのに有効な施策やルールがほかにないかを考えます。先の例では、システムの観点で「会議中、移動中などで電話に出られない場合には、電話があったことをSNSで通知する」などの施策が考えられます。

 もし、新しい施策を企画、推進する部署や担当者を知っていたら、自分がデザイン思考を使って考えた施策を提案してみましょう。それに対する相手の意見を聞くことにより、施策の良い点や不十分な点を理解できるので、スキルアップに役立ちます。自分の考えた施策が実行された場合、自信につながります。

 次回は最終回です。要件定義を進めるときに必要な、思考技術以外の知識やスキルと、定義した要件の品質を評価する方法について解説します。

水田 哲郎(みずた・てつろう)氏
日立コンサルティング マネージングディレクター
1990年、日立製作所入社。2006年、日立コンサルティングに移り、2015年より現職。要件定義やシステム企画の手法開発、案件支援、研修講師を担当。著書に『手戻りなしの要件定義 実践マニュアル』(日経BP社)、『誰も教えてくれなかったシステム企画・提案 実践マニュアル』(同)などがある。
松本 隆夫(まつもと・たかお)氏
日立コンサルティング シニアマネージャー
2000年、日立製作所入社。2009年、日立コンサルティングに移り、2014年より現職。要件定義、システム企画、システム開発時のPMOの支援を担当。